姉弟日記 『冷雨』
どこかの異分岐の世界。
ある大義を成すために組織された部隊。
その日の訓練を終えた少年が、
基地の通路を歩いている。
今日も、結果は散々だった。
これでは落ちこぼれと罵られても仕方がない。
窓から見える空は雨雲に覆われ、
さらに気を滅入らせる。
ふと、屋外で空を見上げる少女が目に入る。
あれは──姉さんだ。
雨の中で一体何をしているのかと、
外へ出て姉の元へと近付く。
人の気配に気付いていないのか、
少女は天を仰ぎ続けている。
そんな姉の背中を見つめながら、
少年はその場に立ち尽くす。
今や彼女は、組織でも一目置かれる
精鋭部隊への配属が決まっていた。
果てしなく遠くに思える姉の背に、
声をかることすら憚られる。
そして、少年は思い返す。
幼い頃、崩壊した都市で彷徨った日々を──
あの時も雨が降っていた。
だから、少年は雨の音が嫌いだった。
体中の気力を奪うような空腹。
命の熱を奪うような冷たい雨。
そして何より……
弟を心配させまいと微笑む姉の姿に、
自身の存在価値を否定したくなった。
だから少年は誓ったのだ。
己の尊厳、意義、存在。
そのすべてを以て、姉さんを──
その時、冷たい雨に濡れた少女が、
肩を抱くように身震いした。
少年は自らに、何をしているのかと問う。
今はまだ救えぬほど不出来だとしても、
この先も姉に追いつけなかったとしても。
一歩一歩、近付いていくしかない。
少年は自身の上着を、
姉の肩に被せる。
振り向いた少女は一瞬だけ……
何かまずいものを見られたような顔をしたが、
すぐに普段の笑顔に戻った。
「……ありがとう」
そんな上着のお礼を最後に、
各々が抱えた想いは秘めたまま。
二人は、宿命の待つ基地へと戻っていった。
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