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姉弟日記 『風花』

クリスマスに彩られた、夕暮れの並木道。

都会では珍しく粉雪が降る中、
幼い少年が急ぎ足で歩いている。

その理由は。
お出かけ中の姉から届いた、
一通のメッセージ。

『急に雪が降ってきたから、
 傘を持ってきてほしいな』

少年は姉が迎えを待っているという、
家近くの公園へ向かっているのだ。

姉のぶんの傘を片手に持って。
そして、もう片方の手には、
丁寧に包装された『小包』を持って。

今日こそは渡さないと──

きっかけは、去年のクリスマス。

少年と姉は、どちらがより素敵な
プレゼントを用意できるか勝負をした。

少年がお小遣いを貯めて渡したのは、
当時姉が欲しがっていた文房具。

一方、姉がくれたのは手料理だ。
弟の好みを知り尽くした、
美味しい梨のキャラメルタルト。

……完敗だった。

だから今年こそは姉に勝つのだと。
彼は1ヶ月も前からあるものを──
『手編みのマフラー』を作っていたのだ。

これだけ手の込んだ贈り物ならば、
確実に勝利を収められるだろう。

姉にバレないよう出かけた隙を狙い、
母に編み方を教えてもらった日々。

元々手先は器用で、完成に苦労はしなかった。
けれど、いざクリスマスが近付くにつれて、
少年はあることに気付いてしまったのだ。

手編みのマフラーは気合が入りすぎでは。
という異様な恥ずかしさに。

少年は姉に手渡す時を決めかねたまま、
何もできない日々が続いていた。

──今日こそは渡さないと。

姉と二人だけであれば都合がいい。
いか様にも言い訳することができるから。

辿り着いた公園。
その端にある東屋に、
見慣れた人影があった。

白い息を手に当てながら待つ、姉の姿。

弟の到着に気付いた少女は、
傘を気にも止めず、少年の手を引いて。
東屋から外を見るよう促した。

公園は少し高台に位置していて、
遠目にビルの街並みを一望できる。

夜へと向かって、傾いた陽光。

空一面に舞った雪の粒子が輝いて、
夕暮れに瞬く星のようにも見えた。

ここは姉が見つけた、秘密の場所。
傘を口実に、弟を招待したかったと姉は言う。

──今なら。

少年は手に持つ小包を、姉へと渡した。

丁寧に包装された袋の中身は、
夕日を思わせる橙色のマフラー。

「これは……店で偶然見つけて……」
少年が口にした言い訳に、姉は笑う。

弟が密かに編み物をしていたことを、
彼女はとうに勘づいていたらしい。

悔しさを顔に滲ませる少年を横目に、
姉は手編みのマフラーを首に巻いた。

──ところが。
そのマフラーは思いのほか長く、
少女の幼い体には丈が余り過ぎてしまった。

時折、母の首に巻いてもらって、
出来を確かめながら編んだからか……
想定より長く仕上がってしまったらしい。

それでも姉は、贈り物を受け取ってくれた。

高校生くらいになればぴったりだからと。
遠い先のことを口ずさんで──

肌寒さを感じてきた二人は、
暖かな我が家へと帰ってゆく。

長過ぎたマフラーの両端を、
お互いの首に巻き合いながら。

「……今年は、私の負けかな」
どことなく嬉しそうな響きに、
隣の彼は無言でこくりと頷く。

ようやく贈り物を渡せた安堵。
けれど姉へあげたかった暖かさを、
半分奪っている自身の不甲斐なさ。

風によって複雑に揺らぐ粉雪の中。

淡く雪が敷き詰められた並木道に、
ぴたりと隣り合った足跡が続いていく。

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