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姉弟日記 『雛』

まだ少女が幼い頃、
小学生になるよりも前のお話。

デパートのおもちゃ売り場で出会った、
ずらりと並んだ『ひよこ』のぬいぐるみ。

「ほら、もう帰るよ?」
という父親の声も耳に入らないくらい、
少女はその愛らしさの虜になっている。

しばらく、きらきらした目で見つめていると。
お父さんが仕方ないなと笑いながら、
ぬいぐるみを買ってくれると言う。

同じ棚に並んだひよこ達でも、
頭の形や、毛並みが少しずつ違って。
少女はその中から1匹を選び抜き、
ぬいぐるみを買ってもらうのだった。

お日様のように温かな黄色。
丸くてずんぐりとした体。
ぱたぱたできる平たい羽。

少女はひよこをぎゅっと抱きしめ、
すりすりと頬を合わせてみる。

柔らかな綿と毛並みが心地よくて、
それだけで幸せな気持ちになれた。

その日から、ひよこのぬいぐるみは、
少女にとって大切な相棒になったのだ。


どこへ行くにも一緒な、一人と一匹。

電車のお出かけでは抱っこをして、
歩きのお出かけは手と羽を繋いで。
弟の悪戯で汚れることがあっても、
お風呂に入れて綺麗にしてあげた。

羽の付け根がほつれたときは悲しくて、
お母さんが縫うのを、謝りながら見守った。

共に過ごす時間が増えるにつれ、
毛はごわつき、頭の形も変わっていく。

初めて出会ったときの、
新しさや綺麗さはもうないけれど。

だからこそ、世界で一匹だけの、
私だけのぬいぐるみなんだと思えた。

そんな、相棒との日常が続いたある日──

遠出した家族旅行からの帰り道。
数日のあいだ遊び回った少女は、
お父さんが運転する車でうとうとしていた。

帰り途中にもいくつかの場所に寄っても、
疲れた彼女はそれをあまり覚えておらず。

翌朝、家のベッドで目覚めた時に、
初めて気付くのだった。

家のどこを探しても、
ひよこのぬいぐるみがいないことに。


相棒を失くしてからの、落ち込みの日々。

家族旅行で立ち寄った場所に、
お父さんが電話をかけてくれたけど。
ぬいぐるみが見つかることはなかった。

家族との夕ご飯は喉に引っかかり、
友達と遊びに行っても心から楽しめない。

少女にとってひよこのぬいぐるみは、
それほど大きな存在になっていたのだ。

──暗い気持ちが続いた、ある休日。

お父さんが大きな包装袋を手に、
少女の部屋を訪れる。
手渡された袋の中身は……

新品のひよこのぬいぐるみ。

聞くと、娘の悲しい顔を見ていられず、
デパートで買い直してくれたのだという。

お日様のように温かな黄色。
丸くてずんぐりとした体。
ぱたぱたできる平たい羽。

かつての相棒と瓜二つの姿をした、
お父さんからの贈り物。

それなのに……

汚れひとつなくふさふさの毛並みが、
相棒がもう戻らないことを物語っている。
少女はそんな風に思ってしまうのだった。


「ありがとう」というお礼を聞いて、
ほっとしたように部屋を出たお父さん。

しばらくして、またノックの音がする。
そこにいたのは、今度は弟だった。

「ずかん、よんであげる」
部屋に入った彼は子供用の図鑑を広げると、
宇宙の惑星について解説し始める。

思い返せば、
少女がぬいぐるみに夢中になっているあいだ、
弟はよくぬいぐるみにいたずらを仕掛けた。

でも、ここ最近はすごく大人しくて。

もしかすると弟は、弟なりに、
少女を元気付けようとしていたのだろうか。

彼女はそのまま弟の隣に座って、
一緒に図鑑を読み合いっこする。
弟が辿々しく星について語るのを聞いて、
久々に心からの微笑みを零すのだった。

──私には優しい家族がいて、
私のことを心から想ってくれている。

ぬいぐるみとの時間が戻ってこないように、
家族とのかけがえのない時間も……

だから私は、家族の一員として、
みんなとの日々を大切に過ごさないと──

そんな絆に気付かせてくれた、
相棒のひよこのぬいぐるみ。

新しいぬいぐるみは、
ベッドの枕元に置くことにした。

たまに嫌なことがあったときに、
抱きしめたりはするけれど。

少女が家族と仲良く過ごせるよう。

ずっと暖かく、
見守ってくれている。

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