キョウダイニッキ 『鏡写し』
夜の都心、アルバイトへと向かう。
罪から隠れるように深く被ったパーカー。
大通りから外れた路地を、怯えながら進む。
届け物を渡すお客さんは気が立っている様子。
道端の荷を蹴る音の度に、体が震えてしまう。
その場から逃げるように、足早に去った。
帰る途中、突然中年の男性に呼び止められる。
何か声をかけられ、強引に手を握られる。
声は褒めてくれていた。私は喜べばよかった?
でも、痛くて怖くて、気付けば駆け出していた。
雨が降り始める。傘は持っていない。
ちょうどいい。泣いたことを誤魔化せるから。
家に着く。どうやって帰ったか覚えてない。
誰も私を迎え入れてくれない薄暗い家。
お父さんは寝ている。部屋も汚れている。
今日は何も片付ける気になれない。
手を握られた感覚を、水道で洗い落とす。
何度も何度も擦って、我に返って節水をする。
「ああ……」
少女はふと、目の前の洗面台の鏡を見た。
雨で濡れた髪。日常に疲弊した顔。
鏡に映った自分が何かを語りかけてくる。
「ああ、私って本当に……」
首を絞めるチョーカーを指で撫でる。
理不尽で醜い現実からの逃避を認めず、
縛りつけるかのような拘束具。
雨の中を走ったからだろうか。
それとも──
鏡に映る少女の頬は火照り、
僅かに笑んでいるように見えた。
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