キョウダイニッキ 『慰めあい』
石造りの塔が並ぶ、不思議な世界。
その中に建つ異質なマンション。
家族の笑い声が染みつくその場所を、
とある姉弟が詮索していた。
思い出がそのまま保存され、
視界に入るものすべてが懐かしい。
少年はリビングのソファに座り、
一人思いを巡らせている。
悲願を叶える旅路の意味。
別れた案内人達のその後。
姉と二人で巡った幾つかの景色。
この世界とこの家の正体。
空に浮かぶ砕けた日食の残骸。
そして。
己の胸に残る、虚ろな違和感……
忘れてはいけないことを、忘れている。
触れるべきでないと察する拒絶感と、
好奇心が彼の中で渦巻いていた。
ふと、家の中にあるはずの、
もう一人の気配がないことに気付く。
内観こそかつての家だが、
どんな事象が起こるか未知数の世界だ。
少年は心配になり、気配の痕跡を探す。
警戒しつつ小声で呼びかけながら、
姉の部屋の扉を開くと──
姉はすやすやと、ベッドで眠っていた。
歩き詰めで疲れたのだろうか。
無事だったことに安堵しながら、
その姿を見て少年は思い馳せる。
昔から、姉さんは……
自身を擦り減らすような生き方をしていた。
家族や友達、赤の他人へも気を遣い、
気付けば消費した心を癒すように寝ていた。
家族が崩壊に向かったあの頃だって、
姉さんだけは家族のために──
この世界で過ごしていくのなら、
あの頃のように頼りきっていては駄目だ。
そのためには、己から喪われた"何か"も、
乗り越えねばならない……そんな気がした。
灰色の空に浮かぶ日食の残骸。
もし願いを叶える力が残っているなら──
胸の内に、一雫の音が響く。
暗い洞窟の中に反響する、
一滴の水のような音。
同時に聞こえてきたのは、
憎しみを孕んだ声。
『よくも……母さんを──』
………………
…………
……
暫しの間、記憶が断絶した。
戻った少年の意識が、
自身の両腕へと向かう。
少女の細い首を掴み、
圧し折るように絞めるその腕に。
思考が止まった。
脊髄反射で姉から離れる。
みっともない声を漏らして
少年はベッドの下へ転がり落ち、
部屋の壁まで後退した。
皮膚の下を蟲が這いずるような、
ぞわぞわとした感覚に手を掻き毟る。
「俺は何ヲ、なに……ナニを──?」
混乱に溺れた彼のもとへ、
少女が駆け寄ると。
「大丈……ぶ……大丈夫……だから……」
恐怖に暴れる動物を宥めるように、
姉は弟の体を押さえつけた。
一番苦しいのは自身のはずなのに、
彼女はあの頃と何も変わらず。
怯え震える少年は、嫌でも察する。
二度とこの胸の穴に触れてはいけないこと。
間違っても、埋めようなどと思わないこと。
それが、罪人たちに与えられた──
昂揚するように共鳴する、
二つの鼓動は収まることなく。
その主達は、互いの消えない傷を、
舐め合うことしかできなかった。
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