姉弟日記 『登山』
とある姉弟が、まだ小学生の頃。
父親の勧めで登山をしに行くことになった。
テキパキと準備を終えた姉のとなりで、
少年の荷詰めはまだ半分くらい。
標高の高い山に初挑戦の彼は、
丁寧にカメラをケースに入れたりと、
気合を入れて山に挑もうとしている。
少年が楽しみにしているのは、
山頂から望む満天の星空。
普段都会で見上げる夜空とは、
星の数も輝きも、全く違うのだ。
──そして当日。
目的への道のりは、想像以上に過酷だった。
日頃から体力に自信のない少年は、
へとへとになりながらも山道を登る。
一方の姉は、微塵の疲れも見せず、
しきりに疲労した少年に声をかけている。
「カメラ貸して? 私が撮ってあげるよ」
「そんなお水飲んだらすぐ無くなっちゃう」
「ここ滑るから、転ばないでね?」
全身にのしかかる疲労と、
汗でこびりつく服の嫌悪感。
……そのせいだろうか。
少年は姉の声かけを、
少し五月蝿いと思ってしまうのだった。
山頂に辿り着いた一家。
だが、少年の心は沈みきっている。
非日常な絶景にカメラを向ける気も起きず、
父が用意した登山食も喉を通らない。
そのもやもやの原因は、疲れだけでなく、
父と登山を堪能する姉の存在だ。
やがて、山脈の果てに陽が落ち──
空は星々に満たされる。
夜の都会が灯す光が、
すべて空に昇っても足りない
煌めきの群れ。
三脚やカメラの設定をする少年のもとへ、
少女が興味津々に近づいてくる。
弟は意地を張るように姉を無視しながら、
静かにシャッターを押下した。
十数秒間の静寂。
星空を見上げながら、ふと彼は考える。
今の自分は星と似ているのかもしれない。
暗闇で寄り集まったように見える星々。
だが実際には、星と星とは
果てしない距離で隔たれているのだ。
すぐ近くで目を輝かせる姉も、
たぶん家族だから一緒にいるだけで……
『俺のことなんて──』
長時間露光撮影が終わった、カメラの音。
満天の星空がカメラの液晶画面に映され、
見事なまでの美しさに少年は……
一日の疲労を忘れたように微笑んだ。
彼のとなりで、一緒に微笑む姉。
その笑みの意味を、少年は直ぐに理解する。
──今日初めて、俺が笑ったから。
だけど、少年は心のどこかで、
初めから分かっていたのかもしれない。
登山中に少女がかけてくれた声もすべて、
疲れで不満そうだった弟を想ってのこと。
姉はどんな時でも家族を気にかけて、
微笑みかけてくれるのだ。
『だから、俺だって姉さんを──』
その後、二人はしばらく。
山頂の肌寒さを半分こするように、
身を寄せ合って星空を仰いでいた。
少年と変わらず溜まった疲れで、
少女はこくこくと眠たそう。
夜空で孤独に瞬き続ける、
悠久の光を見つめる少年──
その表情はどこか、自慢げに見えた。
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