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因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語 5 国譲りのあらましとスサノオノミコトより賜りし鉢巻の正体を知る話

「交渉がさっぱり進まないというか始まりさえしないので、高天原側が新しい使者を送ってよこしたんだ。ええっと名前は……タケミカヅチノカミ(武甕槌神)とフツヌシノカミ(経津主神)だった。主に交渉したのはタケミカヅチノカミだったけどね」

身を固くしてしまいました。

いったい、どのような方なのでしょう?

緊張して長い耳を傾けておりましたが、オオクニヌシノミコトは両腕を胸の前で組まれ複雑な表情になられました。

「今でも時々思い出すんだけど……変わった神だったなあ……」

意外な感想です。

「そのタケミカヅチノカミが、ですか?」

「……うん。何がしたかったのか今でもわからないんだ。いや、アマテラスオオミカミの御孫さんの神に、中つ国の支配権を譲れっていう話はわかったよ。ただ彼の行動が……うーん……」

オオクニヌシノミコトが首をひねっておられるので、思わず膝を進めてしまいました。

「いったい、どのようなことをしたのですか?」

「あんなのは初めて見たよ。剣の柄を波の下に刺して、波の上に出ている切っ先の上に胡座あぐらをかいて、『アマテラスオオミカミの御孫さんに中つ国を譲れ』と言ったんだ」

「……あの……わたくしの聞き間違いでなければ、波に剣を逆さに立てて、その尖った先っぽの方に座って、用件を言ったのですか? ぶすりと刺さらなかったのですか?」

「そこが不思議でねえ。刺さらなかったんだ。ナマクラには見えなかったし、いや、それよりも目の前で座られたとき、『おいおいおいおい、痛くないのかい? それよりも、なぜそんなことするの?』って訊きたかったよ。でも、こっちが尋ねる前に向こうが用件を言ったんで、話がどんどん進んでついに訊けなかった。今でも心残りなんだ」

わたくしも考えこんでしまいました。

「それが高天原での交渉のお作法なのでしょうか? 〝面の皮が厚い〟とは聞くものの〝尻の皮が厚い〟とは聞いたことがございませんが、ご自身のお尻の皮が厚いのを誇らしくお思いだったのでしょうかねえ? うーん……あるいは曲芸的なことができるという自慢でしょうか? どちらにしても、危ない方のような気がしますが……」

「あ、やっぱり、シロナガミミノミコトもそう思うかい? 私も一目で気づいたよ。『何だか知らないけれど危ない奴だな』って。深入りしない方が身のためだって、すぐに気づいた」

「わたくしも、そう思います」

オオクニヌシノミコトは腕を下ろされ、続けられました。

「とにかく、いったいどういう相手なのかを見極めるために、時間を稼ごうと思ったんだ。それで『鳥や魚を捕らえに行っている息子のヤエコトシロヌシノカミが、お返事しましょう』って答えたら、あっという間に他の神が呼んできたんだよ。息子は相手を一目見て『国をお譲りしましょう』って答えて引退しちゃったんだ。それを見てわかったよ。あの子はとても賢く鋭い子だ。もしも天から下りる新しい支配者が愚かだったり民をいじめたりするような者だったら、断固として拒否しただろう。だが、すぐさま国譲りを受け入れたっていうことは、優れた支配者になることを見越していたんだね。それでも私もこの国を造った責任がある。念には念を入れようと思っていたら、相手が訊いたんだ。『他に子どもはいないのか?』って。だから『タケミナカタノカミがいます』って答えたよ。子どもは大勢いるけれど、この二人に勝る者はいない。だからこの二人さえ承諾すれば、国を譲るつもりだった」

そうでした、どっさりお子さん方がいたんですよね。

以前お会いしたのが、その中でも最も力のあるお子様だったとは……。

オオクニヌシノミコトが真剣な表情になられました。

「そこへ異変を知って、タケミナカタノカミがやってきて大岩を持ち上げて怒鳴ったんだ。そしてタケミカヅチノカミと力比べというか取っ組み合いが始まった。二人はそのまま戦いながらどこかへ行ってしまって、後で聞いたら出雲を離れて諏訪すわまで行ったんだって」

「諏訪? どこにあるんですか?」

オオクニヌシノミコトは傍らから地図を取り出されて、広げて見せてくださいました。

もちろんこの時代であっても神だからこそ持っている全国地図でございます。

「ここだよ、出雲からずっと遠方にある所だ。ここに諏訪湖という湖があって、そこで勝負がついたそうだよ。タケミナカタノカミは、この諏訪に鎮座して動かず天の御子孫に中つ国を譲ると約束したそうだ。タケミカヅチノカミが戻ってきてそう言うので『それなら私も異論はありません。ただ条件として、天孫のお住まいになる宮殿と同じくらい立派な住まいを用意していただきたい』と言ったんだ。そして約束通りにここを造ってもらったので引退したんだよ」

地図を見て唖然としてしまいました。

「こんなに遠くまで行ってしまわれたのですか。お元気なのでしょうか? その後どうされているのでしょう?」

「それがねえ、さっぱりわからないんだ。元気だと思うんだけど、その後うんともすんとも言ってこないんでね」

胸に不安がよぎりました。

それに気づかれたのか、オオクニヌシノミコトがにっこりされます。

「あの子の事は心配しなくていいよ。昔から、筋金入りの筆無精なんだ。何度か雉にふみを持たせたんだけど、『後で書く』って言ってそれっきりなんだって。一度、雉に『返事を受け取ってきてくれ』って頼んだら、手ぶらで戻ってきて『そのうち書く、というお返事でした。でも私たち雉の神通力で判断しましたが、当分お書きになる気にはなりません。めんどくさそうです』って言ってたよ。ああ、やっぱりって、思ったね」

そうですか。

それほどまでに筆無精とは……でも、ご無事ならけっこうでございます。

「ただ、どうしても真相を知りたかったんだ」

オオクニヌシノミコトがぽつりとおっしゃいます。

真相?

きれいに終わったと思うのですが他に何か?

「気がかりなことでもあるのですか?」

「うん。一つ不可解なことがあってね。親のひいき目かもしれないけれど、タケミナカタノカミは武神としては中つ国でも一二を争う神だ。そして高天原から来たあの変わったことをしたタケミカヅチノカミと取り組んだとき、五分五分に見えたんだよ。そのまま取っ組み合いながら行っちゃったから、その後どういう展開の勝負になったのかわからないけれど、戻ってきたタケミカヅチノカミが言うように、あっさりうちの息子が負けて『恐れ入りました。もうこの諏訪から動きません』なんて言うとは思えないんだ。あの性格から考えても力量から考えても、腑に落ちなくてねえ。でも諏訪に鎮座したのは間違いないし、実際にはどういうことがあったのか本人から聞きたいんだけど……はあ〜、あの筆無精じゃ、いつになったら真相がわかるのやら……」

「それでもご無事とわかりほっとしました。そのうち文もお書きになるでしょう」

わたくしは遠慮しつつもお部屋の中を眺めました。

「素晴らしいですね。スサノオノミコトのお住まいもご立派でしたが、勝るとも劣らない豪華さですよ」

「これでスサノオノミコトのお言いつけをすべて果たせたよ。黄泉比良坂よもつひらさかで言われたことをほぼ成し遂げたが、宮殿だけはまだだったからね。天の遣いとの交渉でここを造ってもらい、これで完璧さ」

ふとスサノオノミコトのお言葉を思い出しました。

そうです、あの大神様はこうなることを予言しておられたのです。

複雑な思いで黙っておりましたが、オオクニヌシノミコトは優しくお笑いになりました。

「こうなることは、スセリビメを妻にして根の堅州国から逃げてきたときから覚悟していたんだ。スサノオノミコトもそうおっしゃっていたし。だから高天原から国譲りの交渉役が来たときも『来るべきものが来たか』っていう気持ちだったよ」

「あ、あの、スサノオノミコトがおっしゃったことは、最後まで聞こえていたんですか?」

「そうか、シロナガミミノミコトも黄泉の国で聞いてきたんだね。うん、途中でスセリビメが耳を塞いでいたけれど、口の動きでおっしゃっていることはわかったよ。死の国の支配者の娘と結婚するんだから、そうなるのも当然だ。だから最初から覚悟して国造りをしたんだ。スセリビメを妻にしたのも運命なら、国造りをすることになったのも運命。ならば自ら意図したことではないにせよ、己の運命を受け入れ精一杯切り開こうと考えたんだ。物事は『なるようになる』ものだから、その場その場で自分がするべきことをしてきただけだよ。もしも高天原からの新しい支配者が暴君で国土を傷つけ民を踏みにじるような相手なら、私は国津神を総動員して戦っただろう。だがこの国や民をさらに富ませ豊かにするとわかったから戦わず、国土も国津神も民も傷つけることなく安心してお譲りしたんだ」

わたくしは驚くと同時に、この方の大きさに圧倒されました。

最初からご自分が造った国を他の支配者に譲るとわかっていたのに、できるだけ良い国を造ろうと奮闘されて、その時が来たら静かに身を引かれて、誰も犠牲にならないように傷つけないように配慮されて……。

あの『なるようになる』というお言葉には、ご自分が選んだわけではないけれど背負わされた運命を自らの意思で引き受け、周囲の者を愛おしみ最善を尽くしてこられた覚悟のあらわれだったのだと遅まきながら理解したのでございます。

今の今までその深さに気づかなかったわたくしは、なんと愚かなことか。

反省と感謝を交えて、涙ぐみ深々とオオクニヌシノミコトに頭を下げました。

「それほどまでに我らやこの国をお考えくださっていたなんて……ありがとうございます」

それだけしか言えません。

胸がいっぱいになり肩を震わせて泣いてしまいました。

オオクニヌシノミコトが傍においでになられ、優しく頭を撫でてくださいます。

「私は自分がすべきことをした。それだけだよ。これからは気楽な隠居生活だが、おまえは因幡に帰って鎮座して縁結びと皮膚病とフサフサに御利益を与えるんだからがんばっておくれ。ああ、それから、私がスサノオノミコトのおっしゃったことを全部知っていたというのは、スセリビメには内緒だよ。私を出し抜いたと思っているんだから、そう思わせておこう」

わたくしは泣きながら、何度もうなずきました。

たとえ大勢の女性に手を出して大勢のお子さんを産ませていようとも、やはりこの方は立派な大神様でいらっしゃいます。

オオクニヌシノミコトに頭を撫でられているうちに、ようやく涙も止まりましたので、袖で目元を拭い気になっていたことをうかがいました。

「スセリビメはお留守なのですか?」

「侍女と一緒に花を摘みに行ったよ。前から興味を持っていた新しい趣味を始めたんだ」

「それは、ようございました。ご自分のせいだとお気落ちしておられるのではないかと、案じていましたが……」

「ははは、それはない。スセリビメの頭の中では『どんな試練が降りかかっても愛で乗り越える私たち』になっているから」

そうでした。

都合良く頭の中で書き換え……いえ、心身共に頑丈かつ堅牢なお方でした。

「ところで、どのようなご趣味を?」

無難な話題に切り替えたのですが、オオクニヌシノミコトの表情が曇ってしまわれました。

「……それが〝芸術的花あしらいアートフラワー〟とかいう、いろいろな花を美しく取り合わせて飾りを作るものらしい。よくわからないんだけれど……」

息を止めてしまいました。

頭に門柱の魔除けが浮かんだのです。

あれって、まさか……。

オオクニヌシノミコトが苦笑いなさいました。

「この前、ある国津神が訪ねてきたんだけれど、門柱のスセリビメの最新自信作の〝芸術的花あしらい〟を『素晴らしい魔除けですね。もしもっと前からあったなら、高天原の遣いも撃退できたかもしれません』って言ったんで、スセリビメにぶっとばされて外つ国とつくにまで吹っ飛んでいったんだよ。あの神、もう帰ってきたかな〜?」

背中を冷たい汗が流れました。

うっかり同じことを口にしていたら、同様にスセリビメにぶっとばされていたでしょう。

立派な神が外つ国まで吹っ飛んだなら、わたくしなど月まで吹っ飛んでいましたよ。

そうなったら月に住むウサギたちとお友達になって、一緒にお餅を搗くことになったでしょうし。

わたくし、お餅は好きですが、わざわざ月まで行って餅搗きはしたくありませんから。




安堵と恐怖で引きつった笑いを浮かべているうちに、お庭の方から聞き覚えのある声がしました。

「あら、シロナガミミノミコトじゃないの?」

わたくしは向きを変えて、お庭でたくさんのお花を抱えた侍女達を従えておられるスセリビメにお辞儀をしました。

オオクニヌシノミコトが、にこりとされました。

「今回の異変を聞いて、すぐに心配して見舞いに来てくれたんだ」

「そう、ありがとう」

嬉しそうに微笑まれ、連れていた数人の侍女に下がるよう合図をされて、お部屋にお入りになられました。

「ちょうどお花を摘みに行ってきたところだけれど、入れ違いにならなくてよかったわ。元気? お父様に会えた?」

「はい。おかげさまで」

わたくしは根の堅州国を経由して三輪山まで行き、そこで異変を聞いたことをお話ししました。

「そうだったの。お父様のお遣いまで頼まれてご苦労様。それにしても相変わらずお祖母様はお元気ね〜。私はああいう生き方はまっぴらだわ」

スセリビメがせいせいしたようにおっしゃると、わたくしの頭の上から声がしました。

「あ、そう。だからあたしを利用するだけ利用して置き去りにして、自分だけ男と出て行ったのね。恩知らず!」

わたくしもあわてましたが、それ以上にスセリビメとオオクニヌシノミコトがぎょっとして鉢巻きをご覧になりました。

「な、ま、まさか……」

「あの時の領巾ひれ!」

「あ~ら、あたしのこと覚えていたの? お久しぶりね〜」

嫌みたらたらな言い回しでしたが、スセリビメとオオクニヌシノミコトが同時に固まってしまわれたのは、この鉢巻きの正体を理解されたからでしょう。

スセリビメが、じろりとわたくしをご覧になりました。

「シロナガミミノミコト、この領巾、どうしたの?」

「はあ、黄泉の国を出るとき、スサノオノミコトが気合いを入れるためにと巻いてくださいまして……何も説明がなかったので鉢巻きとして旅を……こちらへ来る途中でムカデの穴に落ちて助けてもらいました」

「このウサちゃんは素直でいい子よ。薄情などっかの女や、助けてもらったのに知らん顔の男とは大違い」

スセリビメの声のトーンが少し高くなりました。

「いやだわ〜、恩を忘れたりしていないわよ。置き去りなんて、そんなつもりはないわ。あの時、ものすごくあわてていて、うっかりしていただけよ。ほほほ、時間があれば、ちゃんと持っていったわ〜。ねえ、あなた」

突然話を振られたオオクニヌシノミコトも、急いでおっしゃいます。

「もちろんだよ。いやあ、あの時はありがとう。君も行きたいって言っていたのに、忘れてきてごめんね」

お二人のお顔を見れば〝わざと〟この鉢巻きというか領巾を置いてきたのだということが、はっきりわかります。

それでも、そんなことを口にすれば鉢巻きが落ち込むだけなので、わたくしは即座に援護しました。

「ね、鉢巻きさん、あなたの誤解です。お二人はあなたを連れていきたかったけれど、非常事態だったのでうっかり置いてきてしまったんですよ」

「そうそう、そうなのよ。シロナガミミノミコトの言うとおりなの。ごめんなさいね〜」

スセリビメが、低姿勢で鉢巻きをなだめていらっしゃいます。

意外でした。

いくら恩があるからといって、スセリビメほどの猛者もさ、もといお方がこうもこの領巾に気をつかう理由がわかりませんでした。

「ふ〜ん、そうかしら? あたしの性格がめんどくさいから、わざと置いて行ったと思ったけれどね〜。あんたは中つ国へ行きたかっただろうけれど、あたしだってあんた以上に中つ国へ帰りたかったわよ」

ええっ、何それ?

「帰りたかったって……鉢巻きさん、元は中つ国にいたんですか?」

「あら、言わなかったっけ、シロナガミミノミコト? あたし、高天原たかまがはらから中つ国へ降りて、それから根の堅州国へ行ったのよ」

「高天原! ええっと、あなたって、いったい?」

あまりにも予想外な展開についていけないわたくしに、鉢巻きは事もなげに答えました。

「あたしイザナミノミコトの領巾なのよ。死者の国に住んだらもう魔除けの力は必要ないからって、畳んでしまわれてたの。その後でスサノオノミコトが来て、あたしのことを母親から聞いて何度か使ってくれたけど、あたしが傷つきやすくてすぐに落ち込むから、めんどくさいって思ったんだわ。しまいっぱなしにされて……。ようやくスセリビメが男と駆け落ちするから手伝ってくれ、一緒に連れて行くからって頼んできて、『あたしも、もう一度中つ国へ行ける。こんな陰気なところ、イヤ』って思って手伝ったら、二人ともとんでもない恩知らずで……ふふふ、いいのよ、どうせあたしなんて……あたしなんて……ふふふ……」

乾いた笑いと共に、また頭の上がズモーンと重くなりました。

そうでしたか、根の堅州国の陰の支配者イザナミノミコトの領巾。

そりゃあ、スセリビメもオオクニヌシノミコトも気を使われるでしょう。

「そうじゃないですよ、たまたま忘れちゃっただけで、わざと置いて行くなんて……ね、ね、違いますよね」

必死にスセリビメとオオクニヌシノミコトに同意を求めると、お二人も顔中に愛想の良い笑いを浮かべておられます。

「そうだよ、おまえには二度も助けられたんだ。忘れていないよ、おまえの活躍」

「本当にごめんなさいね。こっちへ来てから『あ、忘れた』って気がついたけれどまさか取りに帰れないし、気にしていたのよ〜」

絶対嘘だと思いましたが、そんなことを言えばさらにわたくしの頭が重くなるだけですから黙っていましたよ、はい。

「確かにあんたはイザナミノミコトに似ているからね〜。ドジで間抜けなところもそっくりかもね~」

皮肉たっぷりな鉢巻きの言葉にも、スセリビメはご機嫌を取るように笑っておられます。

「そうなのよ〜。嫌だけど変なところがお祖母様に似ちゃって〜」

「え? イザナミノミコトってドジなんですか?」

思わず口に出してからあわててしまいましたが、鉢巻きが親切な説明口調になりました。

「そうなのよ。だいたいあたしの性別がややこしいことになったのも、あのドジ女神のせいなのよ。ま、男神の方もドジだったから両方のせいかな」

「そ、そうなんですか?」

「高天原にいた頃は、あたしに性別はなかったのよ。呪力は今と同じだったけれどね。やがて国生みをするんで、イザナギノミコトと一緒に島へ降りて天の御柱あめのみはしらの周りを回って、本来なら男の方から声をかけなきゃいけないのに、あのドジっ子ったら女なのに自分から先に『いい男ですね』って言っちゃったのよ。そのせいで失敗作ばかり。そこで高天原へ戻って失敗理由を教えてもらって、もう一度やり直したわ。今度はちゃんと柱を回った後、男の方から『きれいな娘さんですね』って声をかけて、それからはちゃんと国生み成功よ。でもね……」

鉢巻きの声が、暗くなりました。

「あたし、その時もイザナミノミコトに領巾としてまとわれていたの。ほら、あたしって、すごく呪力が強いでしょ。だから、その際の間違った言霊ことだまと後から訂正された言霊の両方を吸い取っちゃって、男だか女だかわかんない性別になっちゃったのよ。恨んだわよ、あのドジ夫婦! 先に声をかけたイザナミノミコトも、出遅れたイザナギノミコトも同罪よ。さんざん文句言ったし、イザナミノミコトもイザナギノミコトも謝ってたわ。でもこうなった以上どうにもならないし、すまないって思っているのがよくわかったから、あたしももう追求しないでその後も手伝ってやったのよ」

ひえ~、そんな事情があったんですか!

「イザナミノミコトがホノヤギハヤオノカミ(火夜芸速男神)を産んで黄泉の国へ下りたときも、道中に何があるかわからないから、あたし、ついていってやったの。それなのに根の国に落ち着いたら『ありがとう、ここでゆっくり休んで』とか言って、しまいこんじゃったのよ、このあたしを!」

そう言い切ってぶすりと黙り込んだ鉢巻きに、オオクニヌシノミコトが励ますようにおっしゃいました。

「それは、おまえの活躍に感謝していたからだよ。私たちも同じさ。本当にありがとう」

「そうよ、あなたのような領巾は二つとないわ。お祖母様は国生みのような大事なところでドジったでしょう? 情けないけれど、私もそこを受け継いじゃったみたい。本当にごめんなさいね。わざとじゃないのよ、お祖母様譲りのドジだったのよ。それに私の旦那もかなり天然だし。あなたも知っているでしょ。本当に本当なの。あなたを置いてきたのは、うっかりだったのよ」

少しずつ頭が軽くなってきました。

「……信じていいのかしら?」

疑い深くつぶやく鉢巻きに、オオクニヌシノミコトとスセリビメは大きく何度もうなずいておられます。

その時、ひらめいたことが!

「せっかく再会できたのですから、この鉢巻きはこちらへ置いて……」

鉢巻きをほどこうとすると、強烈で刺さるような視線を感じました。

スセリビメが祟り殺しそうな勢いで、オオクニヌシノミコトが哀願するように、こちらを見ておられます。

身の危険を感じて急いで付け加えました。

「……おいた方がいいのかもしれませんが、せっかくスサノオノミコトが鉢巻きとして巻いてくださったので、このままいただいていってもよろしゅうございますか?」

「ええ、もちろんよ」

あでやかな笑顔でスセリビメがおっしゃいます。

「スサノオノミコトがわざわざくださったのだから、そのまま持ってお行き」

オオクニヌシノミコトも満面の笑顔でいらっしゃいます。

「そうね、あなたの方が素直で性格のいい神だから一緒に行くわ」

なぜか鉢巻きまでが同意しました。

くすん……。

それでも気を取り直して、わたくしはお二方にお辞儀をしました。

「まずはご無事なご様子を拝見して安心しました。因幡へ戻る前に、諏訪へ行こうと思います」

「タケミナカタノカミに会いに行くの?」

スセリビメが、嬉しそうにおっしゃいます。

血のつながりがなくても、本当にお母様なのですね。

「はい。因幡へ戻ったら、そうそう出歩くことはできません。ですから先に諏訪までお訪ねしたいと存じます」

「義理堅いね、シロナガミミノミコト」

オオクニヌシノミコトも嬉しそうなご様子です。

「ついでにと言ってはなんだが、いい加減にふみを寄越すように伝えてくれないか?」

「承知いたしました」

スセリビメが思い出したようにおっしゃいます。

「そうだわ、届けてほしいものがあるのよ。いいかしら?」

「わたくしが持てる物でしたら、喜んでお届けいたします」

この時代には雉の文遣いはいましたが、まだ宅配便はなかったのです。

スセリビメはお部屋を出て行かれ、すぐにわたくしが背負えるくらいの小さな木箱を持ってこられました。

「これをあの子に届けてほしいの」

「何でしょう?」

深く考えずにお尋ねすると、スセリビメは得意そうに箱を開けられました。

「うっ」

オオクニヌシノミコトとわたくしは、同時に息ができなくなりました。

箱の中にはこの世のものとも思えぬ、黄泉の国にもあるかどうかというような禍々しい花の塊が……。

「最近〝芸術的花あしらい〟に凝っているのよ。門柱にも飾ってあるから見たわよね? どう? 私の自信作なんだけれど」

わたくしは、必死にお答えしました。

「そ、そうですね……わたくし、ウサギですので、美的感覚には乏しいもので、よくわかりませんが……斬新かつ個性的で誰にでもできるものとは思えません。さすがは、スセリビメですね」

冷や汗をかきつつ言い終え、ちらりとオオクニヌシノミコトの方を見ると〝よし、うまく言い逃れた〟と合図をしておいででした。

「そうかしら〜、ほほほ、ありがとう、嬉しいわ」

ご満悦なスセリビメは、美しい花々を魔除けというよりも〝魔そのものに改造した物体〟を入れた箱に蓋をされました。

「あんなに遠くへ行ってしまって、兄弟や知り合いもいないしどうしているかと。あの子を慰めたくてね。もっと大きいのもたくさんあるけれど、シロナガミミノミコトには担げないし。せめて、この小さいのをお願いね」

小さくても、たいへんな破壊力を秘めている作品だと思いましたが、もちろんそんなことは顔にも出しませんでした。

わたくし、月で新しいお友達を作って餅搗きをしたくありませんから。

オオモノヌシノカミの本を入れた包みを身体の前で斜めがけにし、木箱を背負い、立ち上がりました。

お二方も立ち上がられ、もったいなくも魔除け、いえ〝芸術的花あしらい〟を飾った門まで、見送ってくださいました。

「たしかにタケミナカタノカミに御伝言と贈り物をお届けいたします」

「頼むよ、シロナガミミノミコト」

「気をつけて行ってね」

わたくしは、別れを惜しみつつ、出発いたしました。

〝神の道〟に入り、まっすぐにタケミナカタノカミのおられる国へ向かおうとしたのです。

しかし里心がでてしまいました。

「そうだ、せめて海の近くまで行って、因幡の方を見てから出発しよう」

今になって思えば何とも感傷的センチメンタルな心情でございましたが、まさかこのためにたいへんな事態に陥るとは夢にも思っておりませんでしたよ。

海へ向かって歩いていると、近くに川がありました。

最初は鼻歌交じりに歩いておりましたが、だんだん川の流れの音が大きくなってきました。

「海に近いから、流れが太くなっているのかな?」

暢気に川の方を見て、ぎょっとしました。

いつの間にか川の水があふれ、こちらに迫っているのです。

「うわ〜」

悲鳴を上げ、すぐさま〝神の道〟へ入ろうとしました。

ところが、どうしても入れないのです。

そこでオオクニヌシノミコトの宮殿へ戻ろうとしましたが、すでに背後は大水が溢れています。

「なに、これ? 雨なんか降っていないのに、どうして水が?」

立ち往生しているわたくしに、鉢巻きが叫びました。

「早く進みなさい! 性悪な川が暴れて、通りすがりのあなたを呑み込もうとしているのよ。〝神の道〟にもオオクニヌシノミコトのところへも行けないように邪魔しているわ。ぐずぐずしていたら引き込まれるわよ」

後戻りできないので、急いで前方へ走りました。

「こんな恐ろしい川が出雲にあるなんて聞いたことないですよ〜」

泣きそうなわたくしに、鉢巻きは冷静に答えました。

「おそらく今まではオオクニヌシノミコトを怖れて、おとなしくしていたのね。でも引退してしまって、しかもまだ新しい支配者が来ていないから、ある意味、無法地帯になっているんだわ。急いで!」

「うわー」

さらに川の反対側の地面があちこち裂けて水柱が立ち、鉄砲水となって襲いかかってきます。

両側からも背後からも水が押し寄せ、前に進むしかありません。

必死に走りましたが三方からの水はだんだん迫ってきて、わたくしの全身に水しぶきがかかります。

その時、はるか彼方に青く広がっているものが見えました。

「海だ。それに、あ、崖に松がある。あそこまで行けばワニザメさんがいるから、助けてもらえるかもしれない」

「そりゃ、いいわ。ワニザメなら水なんかへっちゃらだし。急ぐのよ、シロナガミミノミコト。あなたが水に呑まれたら、あたしもおしまいなのよ!」

全身に水しぶきを浴びながら走りました。

ところが皮肉なことに、見えているのに海は遠く、水はさらに高く厚く壁のように迫ってきます。

おまけに水でえぐり取られた石までが飛んでくるのです。

「うきゃ〜」

悲鳴を上げて、何とかわたくしと等身大の石をかわしたものの、どんどん飛んできます。

そして前方から鉄砲水と共に大岩が迫ってくるではありませんか。

左右も背後もすでに水の壁で逃げる道がありません。

「鉢巻きさん、助けて!」

立ち止まって叫ぶわたくしに、鉢巻きも叫び返しました。

「ムリムリムリムリ! あたし、水や物理攻撃は駄目って言ったでしょ! 何とかしなさいよ。あ、そうだ、その杏の皮をむいていた剣、オオクニヌシノミコトにもらったんでしょう? 呪文を唱えたら水難除けとか、火が出て一瞬で岩や水を消すとか、そういう効果ないの?」

「これ、果物を切って皮をむくのにって、くださったんだよ〜」

「くわ〜、オオクニヌシノミコト〜、もうちょっと役立つもの、よこせ〜!」

鉢巻きが絶叫します。

目の前に、とてつもない大岩が飛んできました。

逃げ場がありません。

無我夢中で梨割剣なしわりのつるぎを抜いて両手で柄を握り、正面に向けました。

「あら?」

わたくしと鉢巻きが、同時に間抜けな声を出してしまいました。

こちらに向かって飛んできた大岩が、梨割剣の刃に触れたとたんスパっと真っ二つになり、わたくしの両側を通って後ろへ飛び去りました。

おまけに前方に迫っていた大水までが真っ二つに斬れ、水の壁の間に道ができています。

呆然と立ち尽くしていると、鉢巻きが叫びました。

「走るのよ、早く、海へ!」

はっとして、また全速力で走りました。

大水や石が迫る度に梨割剣を向けました。

石も岩も水も、梨や桃や杏を割るかのようにスパスパと斬れます。

果物用だと思っていましたが、まさかこれほどの切れ味だったとは……。

ようやく崖の松の根元に着いたので、海へ向かって叫びました。

「お〜い、ワニザメよ〜い」

「呼んだ?」

すぐさま暢気な返事がして、五匹のワニザメが海面から顔を出しました。

「ワニザメさん、助けてください!」

わたくしの背後に迫る川の水を見て、ワニザメたちもすぐに気づいたのでしょう。

一匹が大きく飛び跳ね、目の前まで来ました。

「さあ、おいらの背中に乗ってください」

梨割剣を素早く鞘に収め、ワニザメの背中に飛び乗りました。

なにしろウサギですから、跳ねるのは得意です。

ワニザメに飛び移ったのと、わたくしが立っていた場所を大量の水と土砂と岩が覆うのが同時でした。

乗せてくれたワニザメが軽やかに海へ戻って、言いました。

「どうも最近、水が暴れると思ったら、川の奴が勝手をしていたんですね。迷惑なことを……ああ、もう大丈夫です。いったん沖へ出ましょう」

ワニザメ達はぐんぐん沖へ泳ぎ、もう川の水がとどかないところまで来てから止まりました。

「災難でしたね、シロナガミミノミコト。どちらまで行かれるのですか? お送りしましょう」

親切なワニザメたちに、わたくしはお礼を言いました。

「危ないところを、ありがとうございます。わたくしはこれから諏訪までタケミナカタノカミを訪ねて行くので、できれば近くの安全な岸へ下ろしてもらえませんか? そこから〝神の道〟へ入ります」

「お安いご用ですよ」

ワニザメたちは、きれいな岸辺まで乗せていってくれました。

「ここならあんなタチの悪い川はありませんし、生き物もおとなしいですから」

わたくしは岸に上がって、丁寧に頭を下げました。

「危ないところを、ありがとうございます、ご恩は忘れませんよ」

わたくしを乗せてくれたワニザメが、恐縮しています。

「とんでもない。おいらの身内が、あなたの毛をむしったので本当に申し訳なくて、せめてもの罪滅ぼしです」

「あなたのご親戚でしたか?」

「はい。あなたの毛をむしったのは、おいらの兄貴の嫁の実家の両親の又従兄夫婦の長男なんです。本当に恥ずかしい身内がいて恐縮です」

やっぱりワニザメの親戚関係って、どこまで続いているのか不可解ですが、気を取り直して言いました。

「どうぞ、あなたのお兄さんのお嫁さんのご実家のご両親の又従兄夫婦の長男のワニザメさんに、よろしくお伝えください。わたくしが騙したのがいけないのですから、もうお気になさらずにと」

「ありがとうございます、確かに伝えます」

ワニザメたちは嬉しそうに、海面から出している頭を下げます。

この五匹もおそらく親戚なのでしょうが、尋ねるとややこしそうなので省略いたしました。

親切なワニザメ達と別れて、すぐに近道な〝神の道〟へ入りました。

また歩きやすい野原が続いていましたが、蛇やムカデの穴もございます。

今度は落ちないように気をつけつつ進んでゆくうちに、キラキラした湖が見えてきました。

「きっとこれが諏訪湖だ」

勇んで湖へ向かいました。

湖畔で大柄な男神が座って釣り糸を垂らしていらっしゃるのが見えます。

嬉しくなって走り出しました。

すると、あちらも気づいてくださって、釣り竿を放り出し手を振っておられます。

懐かしい男神の傍へ駆け寄ると、がっしりした両手がわたくしの肩にかけられました。

「こんなところまで来たのか、シロナガミミノミコト?」

「はい、あなたに会いに来ました」

わたくしは自分よりもはるかに大きなタケミナカタノカミを見上げて、にっこりしたのです。




諏訪湖の近くにあるお社へ案内していただき、わたくしはタケミナカタノカミと向かい合って座りました。

「よくもまあ、こんなに遠いところまで来てくれたなあ」

にこにこしておられるタケミナカタノカミのご様子を見て、わたくしは安堵しました。

「出雲のオオクニヌシノミコトがご無事とわかりましたし、ヤエコトシロヌシノカミもお近くにお隠れになったと聞きましたので、遠方へ行かれたあなたが心配だったものですから。わたくしも因幡へ戻れば、ウサギ神として社へ鎮座します。そうなっては、なかなか遠出は難しゅうございますし……」

「それで来てくれたのか。ありがとう。本当におまえはいい奴だな。国譲りの話、祖父様のところで聞いたのか?」

そこで根の堅州国から三輪山のオオモノヌシノカミの所へ行き、国譲りのお話を聞いて出雲へ行ったことを話しました。

「ほおう、ウサギとしては大冒険だな」

感心しておられるタケミナカタノカミに、わたくしは恐縮しつつも疑問をぶつけました。

「とても貴重な体験でした。ところでオオクニヌシノミコトがおっしゃっていましたが、あなたがタケミカヅチノカミ(武甕槌神)に負けてこの国に鎮座したのが納得できない、あれは五分五分の勝負だったと……。真相を知りたくとも、ご本人がなかなかふみを書いてくださらないのでわからないと焦れておいででした」

タケミナカタノカミは苦笑いされ、ぴしゃりと右手でご自分の額を叩かれました。

「はは、さすがは親父殿だ。ばれていたか。その通り、本当は勝敗なんぞつかなかったんだ。あいつも強かったが、俺を簡単に倒すほどではない。まさに五分五分だった。だがな、あいつも一応、高天原の使者だ。上役に報告する都合もあるから、俺が負けて『この諏訪に鎮座するから許してくれ』と言ったことにしたのさ」

なんか……聞いていいんでしょうか、このお話。

聞きたくもあり聞きたくもなしという複雑な気分でしたが、タケミナカタノカミは上機嫌で続けられました。

「親父殿から聞いているなら話は早い。おふくろ様には内緒だが、俺もヤエコトシロヌシノカミも親父殿から祖父様の予言を知らされていて、いつかは新しい支配者が来ることを覚悟していた。そして、今回、最初に対面したヤエコトシロヌシノカミがすぐに国譲りを承諾して隠れたから、これが新しい支配者なのだと悟った。だが念のために、俺はタケミカヅチノカミにつかみかかり勝負を挑んだ。組み合ってすぐにわかったよ。『清浄な強い気を持った神だ。中つ国を良く治めてくれるだろう』ってな。向こうも俺を認めたらしい。お互い最初に掴み合っただけで、相手の価値も強さもわかって国譲りは成立していたんだ」

「……あ、あの〜……それなら、なぜ取っ組み合いながら出雲を出発して、この諏訪までいらしたんですか?」

「ははは、そうだな、腑に落ちんだろうな。な〜に、簡単なことさ。面白くなっちまったんだ」

「……はあ?」

間抜けな疑問符を発してしまいましたが、目の前の勇猛な男神は楽しそうなお顔でいらっしゃいます。

「俺と互角に組み合うような奴は、中つ国にはいなかった。そして、タケミカヅチノカミも高天原で自分と同等に戦える相手はめったにいなかったそうだ。それで国譲りはさっさと終わったものの、ついつい楽しくなってそのまま勝負を続行したんだ。ただ出雲で暴れれば、せっかく造った国が台無しになるだろう? だから、まだ開けていない土地を選んで、人間や土地に被害を与えないように移動しながら取り組んだのさ。いやあ〜、楽しかったなあ〜」

すると何ですか、国譲りとかそういう歴史上の一大事はとっくに終わっていて、男神二人がじゃれあっていただけなんですか?

それって……いいんですか?

唐突に、わたくしの頭の中に、若い男女が明るい渚を走っている映像が浮かびました。

女「ふふふふ」
男「ははははははは」
女「こっち、こっち、はやく〜」
男「待て〜、こいつ」
女「ふふふふ」
男「はははははは」

後でわかったのですが、これはすでに縁結びの神としてわたくしがその資質を発揮し始め、未来の恋人同士の姿を見ていたのです。

ところが、すぐさまわたくしの頭の中の若い男女は、いかつい二人の男神が中つ国の上を走っている場面に切り替わりました。

タケミナカタノカミ 「ふふふふ」
タケミカヅチノカミ 「はははははははは」
タケミナカタノカミ 「こっち、こっち、はやく〜」
タケミカヅチノカミ 「待て〜、こいつ〜」
タケミナカタノカミ 「ふふふふ」
タケミカヅチノカミ 「はははははははは」

『何、これ!』と心の中で絶叫しました。

これも後でわかったのですが、発動し始めたわたくしの神の力と、その場での混乱している状況にとまどう心境とが妙な絡み合いをして暴走し、とんでもない映像になってしまったらしいのです。

幸い今ではちゃんと自分の神通力を制御できますので、二度とこんな不気味な、いえ不都合なものを見ることはございません。

ちなみに、この時はまだタケミカヅチノカミにお会いしておらず、お顔も知らなかったのですが、神の力ゆえ、ちゃんと正確にお顔も体格もご本人そのものを映像化していたのでございます。

そんなおぞましい、もとい不謹慎な映像が白ウサギの頭の中を流れているとはトンと気づかれることはなかったのでしょう。

全身が硬直しているわたくしの前で、相変わらず嬉しそうにタケミナカタノカミが思い出しておられます。

「ついでと言っちゃなんだが、俺は自分が新しく住む場所も探しながら移動していた。支配権がアマテラスオオミカミの子孫に譲られ、親父殿も引退となれば、俺もどこか新しい土地へ行ってその地を見守ろうと考えたんだ。そして、この諏訪まで来て『いい所だ。土地も人の気風も気に入った。ここで鎮座しよう』と決めて、戦いをやめた。タケミカヅチノカミは不服そうだったが、俺がここに住まうと言ったら了承したよ。二人で諏訪湖の畔に座って話を合わせた。あいつは高天原に報告しなきゃいかんしな。それで俺がここで降参して鎮座し、国譲りを認めたってことにしたんだ。あいつが帰るとき、寂しかったよ。こんな好敵手はめったにいないからなあ。それでも、あいつも宮仕えというか、そういう役職だし、残念だがここで打ち止めにしたのさ」

ようやく頭の中から男神達の「ふふふ、ははは」映像を消し去り、わたくしはほうと息をつきました。

タケミナカタノカミは心配そうにわたくしの顔をのぞき込まれました。

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「い、いえ、ご心配なく。あまりにも衝撃的なお話で、びっくりしたものですから……」

何とか誤魔化したので、タケミナカタノカミの神は安心されたようでした。

「そうだろうな。あまり大声では言えんことだ。ところで何を背負ってきたんだ?」


      つづく


国譲りの知らなきゃ良かった事柄が明らかになった後、次回は新たにやってきた外つ国とつくにの神々〝仏〟にまつわる物語です。

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