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白うさぎに導かれ、いにしえの神々に会いにゆく 第一章 心優しい神と因幡の白兎の物語 神話・伝承編1
神話・伝承編 1
因幡の白兎とオオナムチノミコト(後のオオクニヌシノミコト)の物語
八十神による殺害と復活、そして根の堅州国へ
私の寺社巡りは『古事記』のオオナムチノミコトと白兎のエピソードを小説にしたことから始まった。
このいきさつは紀行編でお読みいただくとして、まず有名な『因幡の白兎』のエピソードを振り返ってみよう。
オオクニヌシノミコト(大国主命)には別名がたくさんあり、一番有名なオオクニヌシノミコトに統一されることが多い。
ここではあえて白兎と出会いから根の堅州国へ行くまでをオオナムチノカミ(大穴牟遅神・大己貴神)、出雲へ帰還して国造りを始めてからをオオクニヌシノミコトと分ける。
理由は、黄泉の国へ行く前と戻ってきた後では、女性にもてるという点は変わらないものの「同じ神ですか?」と訊きたくなるほど性格も行動も違うからだ。
それではオオナムチノカミと白兎の出会いをざっくりご紹介しよう。
稲葉(因幡と同じ。神話にありがちな漢字が違うだけ)の美人で名高いヤカミヒメ(八上比売)に求婚しようと八十神(八十人いたわけではなく大勢の意味)が旅に出た。
そのときオオナムチノカミも一緒に行ったのだが、八十神はパシり扱いして大きな荷物を背負わせ、先に行った。
やがて八十神が気多の前に着いたとき、皮を剥がれて丸裸になって泣きながら倒れている兎を見つけた。
八十神は兎に「海水を浴びて風に当たっていたら治る」とでたらめを教えて立ち去り、兎は教えられたとおりにした。
すると潮水を浴びた体が風で乾くにつれて痛みはひどくなり、兎は泣き叫んだ。
そこへ大きな袋を背負ったオオナムチノカミがやってきて「どうしたの?」と尋ね、兎は事情を話した。
「私はもともと淤岐の島に住んでいて、こちらへ渡りたくてたまらなかったのですが方法がなく、ワニザメに『あなたがたの一族と私の一族、どちらが多いか比べてみませんか?ここから向こうの岸まで一列に並んでくれたら、私が背中を跳んで数えてあげましょう』ともちかけ、ワニザメはずらりと並びました。私は背中を跳んで渡り陸地に降りる寸前に『おまえたちは私にだまされた』と言ってしまいました。怒った最後のワニザメに皮を剥がれ、痛くて泣いていたのです。そこへ八十神が来て『海水を浴びて風に吹かれれば治る』と言ったのでそのとおりにしたら、さらに痛くて泣いていたのです」
オオナムチノミコトは兎に「すぐに真水で体を洗い、蒲の穂を敷いてその上で転がれば必ず治る」と教えた。
兎が教えられたとおりにすると、体は元通りになった。
兎はオオナムチノカミに「八十神はヤカミヒメを妻にはできません。袋を背負ってパシりにされていても、あなたが妻にするでしょう」と告げたのだった。
はたして先に着いた八十神は全員あっさりふられ、ヤカミヒメはオオナムチノカミを夫に選んだのだった。
多くの神話を伝える『古事記』中でも有名な話だが、この因幡の白兎の物語には異伝(別の言い伝え)がいくつかある。
鳥取県の昔話は、白兎が島から陸地へワニザメをだまして渡り、皮を剥がれオオナムチノカミに助けられるというストーリーは同じだが、島にいた理由が『古事記』とは異なる。
白兎はもともと陸地に住んでいて、山でのんびりしているときに急な大嵐になって大水や土砂に流されて島に漂着。
嵐が去って帰りたくても海を渡ることができず、知恵を絞ってワニザメをだますという「そりゃ帰りたいよね、おうちに」と説得力のあるお話だ。
他にもおもしろい異伝がある。
出雲地方の伝承では、この白兎はなんとヤカミヒメの化身と見なされている。
美人で有名な女神様だけに求婚に来る男があまりにも多過ぎ、どれが良い男か判別できない。
そこで「可愛そうな白兎」を化身として作り、男たちの性格テストをしたのだという。
八十神は痛がって泣いている白兎をさらにひどい目に遭わせて笑いものにしたので不合格。
後からやってきた心優しいオオナムチノカミは、白兎を哀れみ正しい治療法を教えて救ったので合格。
その結果、オオナムチノカミを夫に選んだのだという。
これは非常に合理的で、気の毒な白兎はそもそもいなかったのだとほっとするエピソードに感じられる。
因幡の白兎とは別の山の白兎神の伝承が、鳥取県八頭町に伝わっている。
八頭町の福本白兎神社は、アマテラスオオミカミと関わりの深い白兎を祀っている。
白兎を神使として祀る神社はあちこちにあれど、神として祀る神社は少ない。
白兎の神を拝する神社が鳥取県に二つもあるのは興味深い。
こちらの山の白兎神社については前の記事で簡単にまとめたが、さらに第二章のアマテラスオオミカミの項で詳しくお話ししたい。
さてオオナムチノカミに戻る。
童話であればここでめでたしめでたしで終わるのだが、『古事記』には続きがある。
オオナムチをパシリにして出かけ、ヤカミヒメに求婚したのに選考外に沈んだ八十神がおとなしく祝福するはずがない。
「なんであんな奴が」と怒り憎み、ついにはとんでもない手段に出る。
オオナムチノカミを皆で殺そうと企むのだ。
八十神はオオナムチノカミを伯耆国の山へ誘い出し、「この山には赤猪がいる。上から追い落とすから、おまえは下でそいつを待ち伏せして受け取れ。やり損なったらおまえを殺す」と言い、猪に似た大岩を真っ赤に焼いて下で待っているオオナムチノカミに向かって落とした。
猪だと思って受け止めたオオナムチノカミは焼かれて死んでしまった。
仮死状態ではない、『古事記』にははっきりと「死んだ」と書かれている。
もちろんここでジ・エンドになったら、国造りやら国譲りやらにつながらない。
この後、死んだ息子のもとへやってきた母神が、泣きながら天のカミムスビノミコト(神産巣日命)に願い、派遣されてきた二柱の女神サキガイヒメとウムギヒメとともに薬を作って塗り、オオナムチノカミは生き返る。
せっかく生き返ったのに、八十神はまた悪巧みをして今度は木を裂いてその中に挟み込んで殺してしまう。
再び母神登場。
なんとか息子を助け出し、再び生き返らせた。
さすがに二回も殺されてはお人好し(神ですが)なオオナムチノカミも、それ以上に母神も危機感を募らせる。
「おまえがここにいれば、八十神は必ずおまえを殺すでしょう」と言って木の国(『古事記』の記載のままの字。紀伊の国、現在の和歌山県)のオオヤヒコノカミのもとへ逃がしたが、八十神はしつこく追いかけて矢を射かけてきた。
なんとか助け出し、母神は言った。
「スサノオノミコトがいらっしゃる根の堅州国へ逃げなさい」
他の国へ逃げても八十神に追いかけられ、三度目の被害者を経験するオオナムチノカミ対して、現代でも時々話の種になる「オカンのとんでも理論」が発動する。
根の堅州国=黄泉の国=死者の世界
「殺されないため」に「自ら死の世界へ逃げる」なら確かに究極の殺害防止方法だ。
殺す側とて相手が死の世界にいるならば、ご丁寧に追いかけてはいかないだろう。
スサノオノミコトは『古事記』ではオオナムチノカミの六代前のご先祖とされている。
この世では逃げ場がないという状況で炸裂した「オカン砲」に従い、オオナムチノカミは根の堅州国へ旅立つ。
まだまだ続くオオナムチノカミの物語。
ここで一区切りとして、次回から「紀行編」を。
今回のエピソードにゆかりの参拝した神社 ( )内は主祭神
・白兎神社(因幡の白兎→白兎神)
・賣沼神社(ヤカミヒメ)
・赤猪岩神社(オオナムチノカミを殺した岩を封じている)
・大神山神社 本社と奥宮(オオナムチノミコト)