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懐かしさを追う旅【24.2.7-9】

2/7(水)

・昨晩は遅くまで占いをしてもらっていた。朝起きるとルームメイトは仕事に出ており、まりこはまだ寝ていた。ストーブに火を入れ、コーヒーを沸かす。

・彼女が起きてくるタイミングで、バナナパンケーキをつくって朝食にする。メープルシロップをたっぷりとかける。時差ぼけも特になさそうで安心。

・「連れて行って欲しいところがあるの」とまりこが言う。「ゴールデン・スプルース・トレイルと、近くの一番大きな湖。そこに行ければ、わたしは満足」
「どうしてゴールデン・スプルース・トレイルなんて知ってるんだ?島で一番大きい湖にはアクセスできないけれど、そこそこ大きい湖ならゴールデン・スプルースの近くにある」
「内緒。そこでいいよ」

・出発する前に、家の前の海岸につれていく。となりのゴールデンレトリバーのサルサも一緒に。極めてゴージャスな天気だ。遠くアラスカも望むことができる。

・村でガソリンを入れてから、ゴールデン・スプルース・トレイルのあるポートクレメンツ村まで車を走らせる。

・ゴールデン・スプルース・トレイルは林業道路を少し走った先にある。50メートル台の巨大なトウヒが乱立する森だ。ビーチにいた時は太陽が空に輝いていたが、トウヒの枝がキャノピーを作り上げているこの森は薄暗く、空気は冷たい。

・「生き物の気配が少ないね」とまりこが言う。
「クマも冬眠中だし、昼間には鹿たちも寝こけているからね。秋以降、虫たちはもはや遠い世界の住人たちだ」
「その分、こうしてちゃんと木の声を聞ける」

・僕が彼女と出会ったのは岩手県遠野市。遠野の米農家の娘として生まれた彼女はヨガスタジオで新卒で働いた後、現在ではフリーランスのヨガ講師として活動している。遠野の古民家でヨガ講習を開催する際に、フォトグラファーとして仕事を依頼されたのがきっかけで仲良くなったのだ。

・「巨石信仰の遠野と違って、ここは巨木信仰の文化圏なんだね。本当に石がない」そう言われて、ハイダグワイの森で石をほとんどと言っていいほど見かけないことに改めて気付かされる。その寿命を終えた木々は横たわり、風雨と菌類の活動によって静かに、それでいて確かに分解されてゆく。その養分は次の若葉たちに栄養を引き継ぐのだ。命のリレーの証をそこらじゅうに見てとれる、特別な森である。

・そのあと、さらに林業道路を進んでいく。デラヴィーナおばちゃんが教えてくれた、マセット村に住むハイダ族のマーマン・クランの古いカヌーが置いてある場所を訪れる。トレイルとして特に整備もされていない。きっとクランの子孫たちが代々手入れをしてきた場所なのだろう。

・低めの広葉樹の森の奥に、巨大なレッドシダーをくり抜いた掘りかけのカヌーが静かに朽ちる時を待っている。数世紀も前の人の営みを、こんなに深い森の中で目撃できる。

・「どこかしら人を寄せ付けない雰囲気のある東北の森とは違って、ここの森はひとを受け入れる土壌があるよね」
「やっぱり数千年の間、ここの人たちの生活の土台となってきたから、森もひとに慣れているのかもしれない」

・ポートクレメンツ村まで戻ったとき、まだ15時だった。このところ、日照時間が指数関数的に伸びている。もう少し足を伸ばして、湖を目指す。ポートクレメンツ村とティレル村の間にある、メイヤー・レイクだ。

・メイヤー・レイクは全長15キロ、幅500メートルほどの細長く特徴的な形をした湖だ。水際まで針葉樹林が立ち尽くしている穏やかな湖は、どこかしら北欧の大地を彷彿とさせるものがある。

・ふたりで水際をふらついていると、向こうのほうから一艘のボートが岸に戻ってくる。ふたりの男が乗ったボートはハイダ族評議会の旗を立てていた。
「やあ、素晴らしい天気だね」とひとりの男が声をかけてくる
「間違いないね。君たちは何かの仕事をしていたのかい?」
「ビーバーの罠をしかけてたんだ。この湖にはハイダ族の文化とは切っても切り離せない、パシフィック・クラブ・アップルの木々がそこかしこにある。外来種のビーバーにとってもご馳走のようで、彼らはどんどんその木々を食べてしまうんだ。困ったものだよ」

・ハイダグワイに原生の唯一の果実樹木であるという野生りんごの木。その生態を調査し、フェンスで囲ったり、ビーバーを罠で捕獲して保全しているのだとか。
「ビーバーの肉は美味しいって聞いたけど、この湖のビーバー肉はどうなんだい?」
「そこまで褒められたものではないよ。鹿のほうが断然に美味しい」

・僕がそう男たちと世間話をしている間も、まりこは水面を突きながらなにかを歌っていた。なぜ彼女は湖に行きたいと言ったのだろう。

・暗くなる前にマセット村まで戻ることにする。昨日の残りのサーモンの切り身がたくさん残っていたので、サーモンのクリームシチューをつくってもらうことにする。スーパーで食材を買い足す。

・マセット・インレット(入り江)の東側に位置するマセット村・オールドマセット村の、晴れた日の夕刻ほど美しいものはない。海岸沿いの道路を走り、村に立ち並ぶトーテムポールを覗く。家たちもポールたちも西陽をぞんぶんに浴び、黄金に光り輝いている。

・家に帰り、僕がパンを焼き、まりこがシチューをつくる。サーモンのシチューは魚の出汁がじんわりを美味しく、沁みる味だ。

・僕は20時からミーティング。日本のフェールラーベン代理店のかたと話す。日本人初のフェールラーベン・ポラー参加者として、何かブランドの広報などに協力できないか、と連絡していたのだ。

・話し合いはなかなかいい感じに進んだ。やはり同じブランドを、バックパッキングを愛するもの同士、話は早い。担当の方と4月、ストックホルムでお会いできることになりそうだ。良いきっかけになるといいな。

・ミーティングから戻ると、タロンも仕事から帰ってきていた。ルームメイトのサシャ、オーナーのタロン、僕とまりこの4人で犬と猫たちを囲んで談笑する。僕も少し手伝いながらだけれど、まりこも楽しそうにコミュニケーションを取れていたようだ。

2/8(木)

・午前中はゆっくりスタートする。朝に昨晩のシチューの残りと全粒粉ハードブレッドを食べる。

・「このお茶が美味しいの」とまりこが淹れてくれたのは、どこか懐かしさを含んだ香ばしさのある緑茶。「椎葉村の焼畑でとれたお茶よ。こゆきちゃんのところに遊びに行った時に出会って、そのおいしさにびっくりして持ってきちゃった」

・こゆきは遠野時代のルームメイトのひとり。今では日本三大秘境のひとつに数えられる宮崎県椎葉村の地域おこし協力隊になり、神楽に関する博物館の学芸員として働いている。

・「椎葉村で驚いたのは、彼らの方言が遠野のそれととても似ていたこと。焼畑文化もだし、神楽もだし、不思議なはちみつ農家のかたもいて、とても刺激的な場所だった」こゆきが椎葉村に移って半年強といったところのはずだが、すでにまりこは2回訪れているのだとか。いいな。

・お茶を啜ってしまった後、10分ほど車を海岸沿いに東に走らせ、トウ・ヒルに向かう。霧雨が降るトレイルヘッドから20分ほど歩き、丘の上の展望台から眼下に長く広がるノース・ビーチを望む。

・すぐしたのアゲート・ビーチに押し寄せる波は穏やかで、かつ心地の良いリズムを刻んでいる。前回8月にトウ・ヒルに登った時には目がつかなかった場所に目が行くようになっている。自分もまた、この場所での生活で自然を読み解く力が養われていたのだな、と素直に実感する。

・家に戻り、その足で仕事に行く。まりこには家の周りで好きに過ごしておいてね、といって少しほったらかしにさせてもらう。

・今日はどちらのクライアントも疲れていたようだ。特に大きなタスクもなく、平和な1日。少し読み書きの練習をして、今日の仕事は終わり。

・家に戻ると、まりこが夜食を用意してくれていた。三つのおにぎりと味噌汁、シチューの残り。ありがたすぎる。家に日本食があるという幸せである。

2/9(金)

・今日は南部スキディゲート村の博物館を訪れる。15時から仕事があるので、開館と同時に博物館を見学し、元職場のビストロで昼食をとり、その帰り道にクリスタルのギャラリーを訪れるという強行スケジュール。

・軽い雨がずっと降り続く朝。博物館に着くまでは、主に遠野での子供時代やヨガスタジオ時代の話を聞かせてもらう。

・久しぶり、というほどでもないハイダグワイ博物館。お土産屋さんのリンがドアを開けてくれる。ビストロに行くと、シェフのアーモンドとエリンが僕の顔を見るたび、こちらまで出てきてハグをくれた。
「久しぶりだな、ブラザー!」とアーモンド。
「クリスマスぶりだね。ビジネスはどう?『モウカリマッカ?』」
「『ボチボチデンナ』!あとで寄ってけよ、今日はフライドチキンバーガーが美味いぞ」
「ありがとう。そうするよ」

・これまで幾度となく見てきたハイダグワイ博物館内の常設展。それを遠野から来た日本人の友達に見せると言うのだから、今回は勝手が少し違う。どの部分を翻訳して伝えれば、この展示が言わんとしていることを伝えられるだろうか。

・マセット村で100年ぶりにトーテムポールが建てられた際のドキュメンタリーを見る。迫害の歴史を乗り越え、自分たちの文化を再興しようとする若者たちの姿だ。
「これって、遠野で言えば鹿踊りが禁止されたり、方言を喋ると体罰を受けたりしていたってことでしょ」彼女は涙ぐんでいた。「それって、本当に辛いことだと思う」

・展示の多くには、先住民が受けてきた思わず閉口してしまう悲惨な歴史が垣間見られる。東北の、遠野の芳醇な文化と伝統的な環境で育ち、3.11を経験した彼女である。きっと何か心の琴線に触れるものがあったのだろう。

・二時間ほどかけてゆっくり展示を見る。いつも新しい発見がある、素晴らしい博物館だと思う。

・腹ごしらえにビストロでフライドチキンバーガーを注文する。元従業員割で25%オフにしたもらったものの、ふたりで47ドル。片手で数えられるくらいしかカナダで外食はしていないが、毎度その金額にはおもわずため息が出る。賄いで思う存分食い散らかしていた頃が懐かしい。

・昼食を済ませ、マセット村への帰り道でクリスタルギャラリーに寄る。あまりお目当てのものはなかったようだ。「やっぱりおととい行った村のギフトショップのものが一番良かった。あそこにもう一度連れて行って」

・家に戻ってまりこを降ろし、その足で今日も仕事に出かける。19時から村の劇場でダンスの公演があるようで、クライアントのふたりともそわそわしていた。車椅子をバンに乗せ、ふたりをきちんと席に座らせて、会場に向かう。

・公演会場にはすでに村の顔見知りがたくさんいた。僕のクライアントも村では顔の知れた存在であるので、片端から皆に挨拶していく。公演自体も素晴らしいものだったが、こうして定期的に村のおばあちゃんたちや長老たちに会えるのはうれしい。

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上村幸平|kohei uemura
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