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まだ、全ての装備を知恵には置き換えられないから

 できるだけ身軽でいたい。信頼できる良いモノだけを身につけたい。それらが自分の身体の一部だと感じられるほどしっかりと使い込みたい。

——これらが、僕が何かモノを増やすときの大原則である。僕はここ一年以上、定住しないノマド・フリーランス(ホームレスNEO無職)をやっている。持ち運びできるのが95Lのバックパックに入るものだけであり、仕事と趣味の性質上ハードな使い方をしても何ともないものであってほしいし、そもそも色々なものを買い散らかす収入もないからでもあるが。

 バックパックに入るものだけで引越ししていると、人間が生きていくのに必要なものなんてたかが知れている、ということに気づく。もちろん季節や場所にもよるが、この生活スタイルを始めた時には腰が砕けるほどパンパンに詰め込まれていたカリマーの縦走用バックパックに、いまでは少し余裕ができている。そんなバックパックに収まることのできる選抜メンバーはさらに愛着が増していって、どんどん自分の一部となっていく。

グラウラーにビールを注ぐ日も。
https://www.asahi.com/and/article/20220727/420510028/ 朝日新聞デジタルより)

 そんな中でも常時、肌身離さず持ち歩いているものが、イル・ビソンテの小さな革財布(四年ほど前に当時の恋人に貰ったもの)と、一本のG-SHOCK。マット加工された美しいミリタリーカラーとG-SHOCKらしくない薄くて丸っこいケースがチャーミングなこの一本は、サウナに入る時(風呂では取らない)とベッドで眠る時(寝袋でも取らない)以外、ずっと僕の左手首に鎮座している。小笠原でウミガメを追いかけていたあの夏も、南アルプスで初の雪山ハイクを敢行したあの初春も、蚊にうんざりしながらスウェーデンの北極圏を歩いた一週間も、高田馬場発の終電の時間を確認したあの夜も、遠野で泥だらけになりながらホップ収穫をしたあの早朝も。

小笠原諸島・南島で一日中海水と砂まみれになりながらカメを求めて穴掘りまくった日も。

 このG-SHOCKはもはや道具の域から昇華し、僕の身体の一部として、どんな時もあくまで実直に時間を教えてくれた。まるで小さな駅の寡黙な駅員が、怠りなく次の電車の到着時刻をアナウンスするかのように。

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 7月4日、僕は遠野から盛岡に向かう快速はまゆりの車内にいた。約束の時間は11時。いくら本数が少なく、時間もかかる釜石線でも、8時台に出発すればまず遅刻することはないだろう。久しぶりに黒の小綺麗なパンツを履き、詰襟ポロシャツをタック・インする。5月から10月くらいまではほぼずっと半袖短パンで過ごす人間なので、長いパンツとポロシャツだけで相当な真人間になった気がする。何を隠そう、僕は大企業の方々と面会するという千載一遇の「真人間チャンス」を手に入れたのだ。そう、今日はG-SHOCKをつくっているカシオ計算機の方々と会う。

 どうしてもその一本が欲しかった。カシオのアウトドア腕時計ライン「PRO TREK」から出ている時計「PRW-73X-1JF

カシオ計算機HPより(https://www.casio.com/jp/watches/protrek/products/prw-73x/)

 カヤックを漕ぐ時、スマートフォンなんてただの石板である。頼りになるのは海図・地形図、コンパス、VHFラジオ。あとは腕時計くらい。さて、どんな腕時計を持っていけば、過不足なく僕の助けとなってくれるのだろうか。
 GPS機能を持ったスマートウォッチなどもあるが、長期間の遠征には向かないだろう。そもそも、スマートウォッチはずっと画面が身体に引っ付いているということ自体が、スクリーンタイムをできるだけ長くさせようとするIT企業から支配されている感覚があって、どうしても使う気になれない。やはり着けるなら、慣れ親しんだアナログでソリッドな腕時計がいい。また僕は強い帰属意識を持った人間なので、一度愛着を感じたブランドをできるだけ応援したいし、使いたい。買い物は投票とはよくいったものだが、やはり信頼できるものづくりをしている製造者をサポートしたい。

身体の芯まで貫くような氷河の雪解け水。もちろんG-SHOCKは無敵である

 今回の遠征でカシオの腕時計を選ぶことは、極めて自然な——半ば必然的な——決断だった。僕はG-SHOCKを間違えて洗濯機で回してしまったことがあるが、その時でも傷ひとつなく十全に動いていて、なんならピカピカに洗われて出てきたことを鮮明に覚えている。そんな質実剛健なものづくりをしている会社がつくる最高のフィールド用腕時計があれば、きっと心強いだろう。
 「僕にはどうしてもその腕時計が必要で、それはこういう理由で、もし協賛を頂けたらこんなお手伝いができて、」絵空事のような話に思えるかも知れないが、僕はそのピンポイントの時計をください、という内容を数十ページの企画書にして送った。

20ページにも及ぶ企画書。全部読んでもらえるとは思っていないが、考えていることすべてを書き連ねた。

 スポンサードとカッコつけているが、断られることが九割九分である。どこにも所属していない無名の人間が、謎の土地に行くからモノをくれだなんて言ってきたら、まず無視する・疑うのが通常の人間のすることだろう。だから、カシオの社員さんとのアポが取れた時には心底びっくりした。そんな大企業が個人のプロジェクトなんて気にも留めないだろうと、半ばダメ元でコンタクトをとっていたのだから。

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 盛岡駅と目と鼻の先の距離にある盛楼閣。ロケーションから分かる通り、極めて素敵な焼肉屋だ。そして盛岡にあるほぼ全ての焼肉屋がそうであるように、冷麺が看板メニューとなっている焼肉店である。指定されたお店をググって少しばかり萎縮しつつも、ハブになってくれていた遠野の友人(カシオ社員)と合流し、集合時間にそわそわしながら行く。店の前では、ふたりの男性が待っていた。とりあえず簡単な挨拶を交わし、四人で店に入った。

 僕は会社員として働いたことはもちろん、就職活動すらしたことがなかったので、行きの電車内で相当そわそわしていた。面接的な話をするのだろうか?そもそも面接的ってなんだ?名刺は?食事の席順は?
「こんなことなら、少しでも就活かじっとけばよかった、、」
 就職活動をしなかった自分を初めて軽く恨んだ。今更どうすることもできないので、とりあえずバックパックに入っていた一番フォーマル(っぽい)服装に身を包み、実用性のかけらもないカラフル名刺をポケットに突っ込んだ。

緊張の面持ちで辛味を冷麺に乗せる

 そんな僕の内的葛藤の反面、キャンプ好きだったり、長野にゆかりがあったりなど、お二人との共通点もあり話は軽快に弾んだ。普段自分のプロジェクトの話をするのは大学や高校の友人、そしてフリーランス仲間(無職仲間)がほとんどであるが、初めて会った会社員のお二人がとても興味深そうに僕の話を聞いてくださったことが新鮮だった。

盛楼閣の盛岡冷麺。すっきりとした味の中に深みのあるスープ。絶品

 僕は誰にも頼まれずに、勝手に今の仕事(遊び)をやっている。「自然との関わりの中での人間らしい営み」を求め、それを体験し、伝えることこそが僕が今やるべきことだと思っている。そんな思いの裏腹、「このストーリーは誰かに届いているのだろうか」「これを続けたところで、いったいどこに収束するのだろう」といった不安はいつでも心のどこかに潜んでいる。だからこそ、ご多忙な大企業の方々が(青森出張に行く前に盛岡に寄ってくれたのだという)わざわざ僕の話を聞きにきてくれたことが、何よりも嬉しかった。

 冷麺を食べ終わり、川にほど近い喫茶店に移動する。盛岡には心持ちの良い喫茶店が町中にある。

シンプルな化粧箱。わくわくする。

「なんとか、ご希望の一本を準備することができました」
 目の前に出されたのは、僕がこれが欲しいです、とお願いした通りの腕時計だった。控えめなブルーと差し色のゴールドの調和がはっとさせられるほど美しい。ハイエンドアウトドア腕時計にふさわしい佇まいに息を呑んだ。

 時計談義に花を咲かせながら、「PRO TREK」の誇る数々の機能を丁寧に説明していただいた。話していて伝わってきたのは、お二人とも本当に時計が、カシオのものづくりが大好きなのだということ。どんな場所であれ、何を作っているのであれ、プライドを持ってものづくりをしている人々と話ができるのは、いつでも光栄なことだ。

 目の前にある一本の腕時計は、その眩いばかりの輝きは、これから始まらんとしている新たな旅をどう導いてくれるのだろう。うっすらとした興奮を抑えながら、なぜ今回支援を頂けたのかを聞いた。
「数あるアウトドア時計のなかで、PRO TREKを選んで頂いたことがとても嬉しく、使っていただきたいと感じたのです」
 きっとスマートウォッチの出現と、若者の腕時計離れにより、おそらくカシオさんも自分たちの時計作りの立ち位置を改めて考えなければならないタイミングがあったに違いない。

 僕は、手元の小さなケースの中で、針があくまで実直に働いているのを見るのが好きだ。もちろん、時間なんてポケットからスマホを取り出せば分かるし、なんならインターネットはそれ以上のことを教えてくれるだろう。それでも、漂うような生活を送っている自分の一部に、寡黙に時を刻み続けるちっぽけで真面目な機構があることに、僕は少なからず安心感を覚えるのである。

宮沢賢治ゆかりの光原社・可否館にて。アイスコーヒーが沁みる。

 改めて自分にとっての時計というものを噛み締めながら、出張に向かう彼らに熱いお礼を伝えて別れた。初夏の盛岡には、まだ心地よい風が吹いていた。

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旅の原点はただ歩き続けることだ。何も持たず、黙々と歩き続けること。全ての装備を知恵に置き換えて、より少ない荷物で、あらゆる場所へ移動すること。自分の変化を、そして身の回りの環境の変化を受け入れて、楽しむことこそが人間が生まれ持った特殊な習性のひとつではないか。

「全ての装備を知恵に置き換えること」石川直樹

 僕は、テクノロジーが全てだとは思っていない。現代社会は科学技術によって豊かになり、僕も間違いなくそれを享受している。それと同時に、科学技術に頼り切ってしまうことで、世の中は極めて過保護にもなってしまっている。冒頭で述べたように、僕はやはりできるだけ身軽でいたい。装備はできるだけ少なくし、生きる知恵として自分の中に取り込んでいきたい。

知恵はあくまで身体を通して、あくまでフィジカルに習得したい。
ロール練習、伊豆半島松崎にて。

 それでも、僕にはまだ知恵が足りない。まだまだ読んでない本も、足を運んでいない場所も、巡り合っていない人も、習得していない技術も、やったことのない仕事も営みも、数えきれないほどある。GPSを使えるスマートフォンはやはり便利だし、さらに快適性の増したテントはやっぱり使ってみたいし、腕時計で方位がわからないよりわかる方が良い。今の僕には、まだこの腕時計が必要だ。気圧の急激な変化を教えてくれ、潮汐や気温がひとめで手元に表示される、この極めてソリッドでアナログで、それでいて羅針盤となるような頼れる一本が。

 僕にとってのゴールは、もしかしたらこの時計をいつか手放すことなのかもしれない。いつの日かは分からないが、自分のなかに知恵としてこの「PRO TREK」を内包することができた、その時には。

 それでも今は、これまでG-SHOCKが居座っていた左手首に心地よい違和感を感じながら、この時計が連れて行ってくれるであろう景色を思い浮かべ始めている。

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 この度、カシオ計算機株式会社仙台支店さまにアウトドア腕時計のご協賛をいただきました。
 大好きな東北の地で、思い入れの強いブランドからサポートをいただけ、かけがえのないご縁となりました。腕時計、大切に末長く使わせていただきます。

 改めて、カシオ計算機仙台支店 支店長の井出さま、時計ご担当の平石さま、そして今回のご支援に関わっていただいた社内のみなさま、時計店のかたがた、本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

 そして、私の遠野での大切な飲み友であり、登山仲間であり、今回の協賛に関してたくさん動いてくれたみゆきさん、感謝のしようがありません。いつも本当にありがとうございます!!

 東北、本当に面白い。

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📚写真集を出版しました。

🖋イラストを描いています。

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