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北欧極北をめぐる冒険:1日目 カナダ本土へ

memo 3/25
・仕事は午前中まで・午前中は朝ごはんつくってクライアントに提供するくらいで楽・朝起きるのはしんどいけど・退勤後に村のルイズおばあちゃんちに遊びにいく・このところ二ヶ月ほど体調を崩してて心配だった・散歩に出れるくらいには回復していて安心・顔を見せにきてくれてありがとう、いい旅をね、ということ・ウェルネスグループは簡単に飯食っておしゃべりして解散
3/26,27 ・パッキング、三連勤・旅の準備って疲れるよね

・朝8時過ぎに起きる。外は素晴らしい快晴。フライト日和だ。朝から仕事に向かうタロンとサシャにハグをしてしばしのお別れ。またすぐ帰ってくるよ。

・フェールラーベン・ポラー2024への旅を今日から始める。スカンディナヴィア北極圏を犬ぞりで一週間旅をする。まずはマセット村の空港からバンクーバーに飛び、明日夜の便でロンドンへ。ストックホルムに着くのは明後日の夜だ。

・マセット村からバンクーバーまでは二時間のフライト。昨年七月に車でBC州を三日かけて横断していた苦労がバカみたいである。12時発、2時着。4時にバンクーバーの中心部を出発するバスで友人の住むマウント・カーリーに今夜は一泊する。

・マセット村とバンクーバーを繋ぐのは、パシフィック・コースタル航空。カナダ太平洋岸の小さなコミュニティをつなげるローカルな航空会社だ。こんな僻地まで飛んでくれて感謝しかないが、そのフライトスケジュールの不安定さには定評がある。それを見越して、バンクーバーでの三十四時間のレイオーバーを設けたのである。

・11時に空港に向かう前にウェブサイトを見てため息をつく。やはり遅延である。8時にバンクーバーを出て11時前に着くはずだった機材が何故かバンクーバー空港にトンボ帰りしたようだ。おかげでフライトは3時半発。謎すぎる。

・空港まで送りに行ってくれる予定だったルークに事情を説明する。マセットから飛ぶのは本当にトリッキーだよな、と彼も苦笑する。今日は娘のエレーナの2歳の誕生日。朝からカップケーキを爆食いしたお嬢様はテンションが上がっていて何度もハグをくれる。可愛すぎる。

・3時半着となると、4時バンクーバー中心街を出発するバスは乗れそうにない。出発前からすでにロジスティックに問題を抱えてしまった。とはいっても誰を責めることもできないので、とりあえず電子書籍に着ないで読む用の漫画をダウンロードしておく。

・1時過ぎに空港まで送ってもらう。ルークたちに会うのも四月後半になる。
「送ってくれてありがとう。助かったよ」
「当たり前だ。俺とエレーナの分まで楽しんでこいよ!」

・マセット村立空港は大きめのコンビニくらいのサイズしかないこじんまりとした地方空港である。明日からカナダはイースター休暇であり、連休の間本土に帰る人で空港は賑わっていた。とはいっても誰も顔見知りの20人といったところだが。村の陽気なおっちゃんのヘンリーもいた。
「いい旅をな。帰ってきたらラトル(ハイダのマラカス)作ろうぜ。パドル作りのワークショップも再開するぞ」
「ありがとう。五月が楽しみだね」

・待合室にはパドル作りを手伝ってくれているキーランもいた。パートナーのモナちゃんに会いにバンクーバーに里帰りするのだとか。六月には第一子を予定している彼らである。村のおばちゃんにもらったという妊婦枕を抱えていた。

・しばらくすると、三時間遅れで機材が到着した。手荷物検査もチケットスキャンもなく、バインダーに印刷された乗客名簿にチャックをいれるというアナログ方式。1時過ぎに搭乗が始まり、30人乗りの小さな飛行機に乗り込む。

・パタパタとささやかな音を立てつつ、まず右プロペラが、そして左プロペラが回転を始める。機体は見たことないほど古く、小さい。滑走路に動き出すとミシミシという音がする。少し不安になるが、乗り慣れている島民たちは何食わぬ顔で昼寝を始めるので、僕もゆっくり目を閉じる。

・プロペラの回転数が上がり、機体は風に煽られながらもふわりと上空に浮く。北向きに離陸した飛行機はマセット村の上空で旋回し、南に進路を変える。眼下には我がマセット村のちいさなコミュニティが見渡せる。むこうにはトウ・ヒルが、そして家の裏の大きな湿地帯も。自分の毎日のフィールドを上空から見るというのはおかしな感覚だ。

・上空まで上がると、真下のハイダグワイ、そして本土のコースタル山脈も望むことができる。マセットの入江は高く上がった陽光をこれでもかと反射させている。島ともしばらくのお別れだ。

・バンクーバーが近づいて航空機が高度を下げ、都市の上空を覆っている雲に差し掛かると、我々のおもちゃのような機体は大きく揺れる。雲を抜け、大都市バンクーバーの高層ビル群が見えてくると、この飛行機の小ささは改めて印を押したかのように感じられる。

・3時半に機体はバンクーバー国際空港に着陸する。とはいっても弱小航空会社はこの空港に乗客を下ろすことなく、少し外れたバンクーバー南ターミナルなるところに停車する。

・ここからバンクーバーの中心部に出るにはどうしたものか。降り立ったロビーでネットを漁っていると、キーランに声をかけられる。
「これからカーシェアでイースト・バンクーバーまで行くんだけど、乗ってくかい?」なんというお誘い。めっちゃ助かる。

・空港からカーシェアの駐車場までのタクシーは僕が払い、そこからキーランが運転する。バンクーバー空港の周りには桜が満開に咲いている。

・なにはともあれ、バンクーバーが大都市すぎる。東京からバンクーバーに来た八ヶ月前はわりと余裕のある街だな、とか思っていたのに、今こうしてみると世紀末タウンのような様相である。車は多すぎるし、空気は不味すぎるし、人も多すぎる。どこもかしこも工事中である。
「バンクーバーは今も拡大し続けているんだ、特に垂直にね。地価が上がりすぎて、戸建てはどんどんディヴェロッパーに買収され高層ビルが建てられる」運転しながらキーランがバスガイドのような調子でいろいろ説明してくれる。彼の生まれ育った街なのだ。
「新しい鉄道のラインが完成して、その駅をハブとしてあらたな高層ビル群が出現している。クレイジーだよ」
「もうマセットが恋しいね」と僕がいう。
「間違いない」と彼もいう。

・バンクーバー中央駅の近くでおろしてもらう。友人に礼を言う。島からいきなりこんな大都会に放り出される前に、友人とともにドライブできて助かった。

・さて、ここからマウント・カーリーまでの行き方である。4時発のバスは逃してしまったので、そのあとは6時半発ウィスラー行きに乗り込むこととなる。それだとウィスラーにつくのが9時前になり、マウント・カーリーの友人宅に着くのは10時過ぎだろう。どうしたものか。

・とりあえず小腹でも満たそうか、と思ったその時に洋二郎さんから電話がかかってくる。
「今日はスコーミッシュで仕事してるから、そこまで来てくれればピックアップするよ」
スコーミッシュはバンクーバーから一時間弱の町だ。もっと行き方があるかもしれない。ググろうと思ったらすでに洋二郎さんがシャトルバスのリンクを送ってくれていた。一時間後の出発で、6時半には合流できそうなスケジュールである。さすが段取りの男である。

・バスが出るまで中央駅の近くで時間を潰す。それにしてもなかなか気が滅入る街である。カナダの象徴とも言えるティム・ホートンなるドーナツ屋で小さなチョコドーナツとコーヒーを買う。錆びた井戸水のようなひどいコーヒーである。

・バンクーバーの街を行き交う数々のアジア人を観察し、それとなく時間を潰す。スコーミッシュ行きのバスは定刻に出発する。イースター休暇の前だったのでハイウェイが混雑するかなと思っていたが、あまり道路状況は悪くなかった。

・6時半過ぎにバス停に降り立つと、洋二郎さんの仕事用トラックが停まっていた。「そんな小さな荷物で三週間旅するの?」と僕のバックパックを見て驚いていた。僕のカヤックの師匠であり、カナダ・ハイダグワイ移住にあたって様々な知恵を授けてくれたガーディアン・エンジェルの一人である。そんな友人に久々に会えてとても嬉しい。

・お家までの道のり、もっぱら話題になるのは僕の文章と今後のビザプラン。
「もうすでに相当な文章溜めてるでしょ?すぐにでも出版に動いたほうがいいよ」「チャンスがあるなら、できる限りハイダグワイでの滞在を伸ばせる方向に進めたほうがいい。そこで生きていけるって極めて幸運なことだよ」
洋二郎さんはいつも僕のこれからに、ほとんど僕以上にワクワクしてくれている。悩んでいることや不安なことを無条件にでも背中を押してもらえるのはありがたい。

・ずっとふたりで話し続け、山の上のお家に着いたのは8時半。家では美穂さんが待ってくれていた。再会のハグ。とにかくお腹が空いていたので、さっそく夕飯にしてもらう。洋二郎さんが作ったスパイスカレーを玄米といただく。アボカドの乗ったサラダも一緒に。これがもう、本当にうまい。香ばしい玄米とコクのあるカレーが食欲を誘う。疲れた体にはジャパニーズフードである。

・風のようにカレーを平らげてしまってから、果実酒を舐めながら食後の菓子パンといただく。これもとにかくうまい。

・そこから、洋二郎さんと美穂さんと五時間弱ぶっ通しで話し続ける。美穂さんはマウント・カーリーの先住民コミュニティで働いていることもあって、「先住民コミュニティあるある」に花を咲かせる。ハイダのこと、マウントカーリーのこと、遠野や椎葉にいる僕の友人のこと、カヌーやパドルづくりのこと、先住民のドラムソングや神楽のこと。美穂さんの尺八吹きの友人がFBに載せた写真に僕のパートナーが写ったりしていて、世間は狭いね、となる。

・美穂さんは幼稚園の先生、洋二郎さんは配管工だ。僕もカナダでのこれからを考えると、ふたりみたいな手に職をつけるほうがいいんですかね、とつぶやくと、「上村君は自分の文章と写真をちゃんと信じてやっていけば大丈夫だから」と美穂さんに笑われる。
「トレードの仕事も、幼稚園で働く資格も、本当に時間がかかる。そんなことをしている時間があったら、君にはもっとやるべきことがあるでしょ?今の仕事をしながら作品を重ねて、どこかで余裕ができたらB&Bでもやればいいじゃない」
返答のしようもない。すべてお見通しなのである。「ハイダグワイでシーフードB&Bみたいなの、いつかしたいと思ってたんですよ。ローカルな海の幸で寿司とか出すような」と僕もすこしテンションが上がる。いいじゃんやんなよ!と彼らも嬉しそう。

・いつもすぐに口を挟む洋二郎さんがお酒が入って静かになると、美穂さんのトークに拍車がかかる。
「縁っていうのは転がってきた時に掴むしかないんだから」
僕が4月以降、今の仕事をフルタイムにするチャンスがあるということを話す。仕事をフルタイムにすれば、ハイダグワイで永住権申請を目指すことができる。
「『ハイダグワイにくる人間はみな島にやってくる運命なのだ』とハイダの人々は信じているって君も書いてたでしょ?その考え方って本当に進んでいると思うの」
美穂さんの語り口はすんと心に落ちるなにかがある。さすがたくさんの子供の一番大切な時期を預かってきた人間だ。
「上村君も前世は島の人間だったんだよ。まっすぐで一直線なところとか、ハイダでしょ?」
俺は前世とか宇宙とか、あまりわからないけどねという顔で洋二郎さんはうなづいていた。

・すべてのことには意味がある、すべてのものが繋がっている。なぜあなたはそのことをわかっていないのか。さまざまな友人や土地にそう何度も、ほぼ叱られるように語りかけられてきた。僕はようやく、その意味をわかろうとしていた。
「ここまで素晴らしい縁に巡り合ってきたんだから、そのまま流れに乗ってみるのも悪くないはずよ」

・すこし、旅が終わった後の未来が開けたような気がした。1時前におやすみを言って、シャワーを軽く浴びる。心地よい硬さのベッドに横たわると、体はすぐにまどろみのなかに沈んでいった。

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上村幸平|kohei uemura
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