リブリオエッセイ「魔法の呪文は『ダメもと』」
『ハイパフォーマー思考』( 増子 裕介著・増村 岳史著、ディスカヴァー・トゥエンティワン )に寄せて
私がライタースクールに通っていたとき、先生方から口を酸っぱくして言われたことの一つは、「ダメもと精神を持て」だった。ダメもと精神とは「ダメでもともと、とにかくやってみよう」というチャレンジ精神を指す。
そのスクールには「イベント」と呼ばれる、ちょっと変わった宿題があった。週に1回、今までやったことのない、わくわくするような企画を立てる。そして実行した体験記を1000~2000字のレポートに書き、クラス内で面白さを競うというものだ。
それまで、ろくに長文を書いた経験もなかった私には、1年間のスクールを通して「イベント」をこなす自信はなかった。それこそダメもと精神で、当たって砕けようと思っていた。
クラスの皆も「そんな企画なんて思いつかない」「1000字なんて書けない」と、初めは悲鳴を上げていたものだ。それでも何とかこなしていくうちに、だんだん変わっていった。
例えば、電車の通勤中でも友達と遊んでいるときでも、何かイベントの種がないか無意識に探している自分に気づく。いつのまにか好奇心のアンテナが立つ。
何より、以前の自分たちと比べてアクティブになる。ダメもとで未知の体験に飛び込むことをくり返すと、案外ダメじゃない自分に自信がついてくるのだ。「平日でもイベントのネタを考えるのが楽しい」「スクールに来なかったら、こんな企画は絶対に挑戦していない」という声が上がるようになった。
私の場合は内気な性格もあり、見知らぬ人と話すのが苦手だったのだが、初めて行った場所で、周囲の人に質問するのに抵抗がなくなった。
なにしろ情報量がないと宿題が書けないので、開き直るしかない。訪ねたお店の人やたまたま会った地元の人に、あれこれ話を聞くのが普通になった。以前の私からしたら信じられない変化だ。
原宿で、ひそかに人気だという外国文具専門店を訪問し、店主と話が盛り上がったこともある。こだわりを持って仕事をしている人は熱量が高い。お店を始めたいきさつや、文房具を買付けるときにこだわっているポイントなど、嬉しそうに語っていたのが印象的だった。
実際話してみると、親切に答えてくれる人が多かった。自分の中では「こんなことを聞いたら迷惑がられるのでは」「恥ずかしい」などとぐるぐる悩んでいたので、拍子抜けした。
「ダメもと」という言葉には、フットワークを軽くする効果があると思う。もちろん、ある程度の事前調査や予測は大切だ。ただ、自分で作った限界が本当に限界かどうかは、やってみないと分からないところがある。
今でも「やったこともないのにうまくいくのか?」と不安になったときは、自分の背中を押すために「ダメもと、ダメもと」と唱える。「失敗したら、そのときまた考えればいい」という楽観性を持てると、最初の一歩がずいぶん軽くなるものだ。
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