ショートショート/「メシの種」
「あなた方の状況は理解した。だが、地球とて人口爆発や気候変動の影響で環境が激変している。我々自身の未来に危機が近づいているのだ。直ちに移住を許可するのは難しい・・・」
議長は巨大な円卓テーブルの上で組んでいた両手をほどくと、手のひらを開いて上に向け、軽く首を振った。
驚天動地の事態が発生した。
異星人が地球に援助を求めてきたのだ。異星人の惑星に、何らかの理由で軌道を外れた巨大彗星が接近、衝突することが判明し、他の惑星への脱出、移住を検討しているのだが、その候補に地球も含まれているのだ。
人類をパニックに陥らせないため、異星人との会議はごく一部の国家首脳および医療、食糧、教育その他の各界の代表者のみで極秘に行われた。
異星人にとって、他の惑星の言語習得は造作もないことらしい。非常に流暢な英語を口にした。
「それはわかります。ただ、我々のほんの一部だけでよいのです。すでに他の多くの惑星にも移住の打診を行っています。それに・・・」
異星人は一拍おいて、こう続けた。
「相応の見返りは準備しています。1つは食糧問題の解消、もう1つは疾病の根絶です。いずれも我々自身、過去抱えていた課題ですが、テクノロジーの進歩によりこれらの課題はもはや存在しません。このテクノロジーを無償で公開します」
「ちょっと待て!」
「それはまずいぞ!」
会場で同時に声が挙がった。
最初に声を出した男が言った。
「テクノロジーの凄さは認めよう。だが、地球でそれが浸透すると、人口爆発が加速される。あなた方を受け入れる可能性を、より少なくするようなものだぞ」
後から声を上げた男がその言葉を受け、こう続けた。
「その通りだ。それに口にするのは多少はばかられることだが、食糧問題、疾病によって人口増加が若干なりとも抑制されている、というのも残念ながら事実だ」
「いい加減にしろ!!」
突然、別の席から大きなダミ声がとんだ。
美しい白髪をオールバックになでつけた老人だった。
「恥ずかしくないのかね。君たちは己の既得権を守ることに終始しているだけだ。君たちはそれぞれ医療界、農畜産界の代表だな。本音はこうだ。異星人の技術が入ってくれば、自分たち医療界、農畜産界はメシの食い上げになってしまう。単にそういうことだろう」
2人の男は図星を突かれ、不機嫌そうな顔をして口をつぐんだ。
老人は続けた。
「人口爆発は確かに喫緊の課題で何とかしなければならん。だが、これは人間の知恵と意識、行動で解決すべきものであるし、また可能なはずだ。人口爆発の問題は別にして、提示された技術は人類に計り知れない恩恵をもたらすことになるだろう」
老人は、今度は異星人の方に顔を向けて言った。
「私から一つお尋ねしたい。仮にあなた方が地球に居住地を得たとしよう。その場合、我々人類に対し、あなた方の星の観念あるいはロジックを持ち込むことはないと考えてよろしいかな?」
異星人は、この地球人は何を言いたいのか?といったように首を傾げた。
老人はひとつ咳払いをすると、こう続けた。
「例えばだが・・・、人間一人ひとりが創造主である、つまり、神などというものは存在しない、といった主張を地球で広めることはない、と考えてよろしいかな?」
確認を求めたのは、『神』でメシを食っている宗教界の代表者だった。
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