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ショートショート/「過去から印された足跡」

四方の空間から無数の光の微粒子が集まってきたかと思うと、それらは徐々に円柱の形状を成し、やがて眩いばかりに輝く光の筒へと変化した。

その光の筒の中に、グレーのシルエットが浮かび上がる。シルエットはやがて男の姿へと変わった。
男は光の筒から外に足を踏み出すと、美しい乳白色のメタリックの床に体を移動させた。

「お帰りなさい、ご苦労さま・・・。すぐご飯にする?」

「・・・いや、まずは一杯やらせてくれ。今日は、きつかった」

「そう思って準備しておいたわ」

女は見えないグラスを手でかたどって、男に渡した。
男はそれを受け取り、中身を飲み干すふりをし、これでいいか?というように、片方の眉を上げて女を見た。

「大人になってからやる、おままごとも悪くはないな」

女は笑い、急に口調を改めた。
「ノリのいい上司は素敵ですよ。いかがでしたか、未来の地球は?」

床だけでなく壁、天井も優しい乳白色で統一されたラボの中で、男は少し歩を進め、そこだけ淡い紫色になっているソファに身を沈ませた。

ひとつ大きな溜息を吐いては、先ほど自分が出てきた光の筒を指さして言った。

「その次元転送機には何度も世話になったが、今回はまあ、驚いたね」

女は口を挟まず、大きな瞳で、男の次の言葉を待った。

「後でレポートするが、まずは地球の激変だ。何らかの理由で重力が極端に増大したようだ」

「重力が・・・」

「そう。そのため人間の体が縮小化している。大きな人間でも、そうだな、私の膝下くらいまでしかない。もちろん、他の動物、植物、昆虫もそうだ」

男は少し笑い、
「すんでのところで、何人かを踏み潰してしまうところだった。彼らの恐怖にゆがんだ表情を君にも見せてやりたかったな」

男は続けた。
「驚くのはそれだけじゃない。自然環境の激変、人間の科学技術、文化の後退、劣化。この次元転送機など、彼らにとっては全くの夢物語だろう。
明らかに人類の文明がどこかのタイミングで断絶あるいは破滅したとしか考えられない」

女は眉をひそめ、
「それが私たちの未来になる・・・、と」

「その未来が来るまでのタイムラインを走査し、原因を突き止める必要がある。もっとも、例の時空間管理規約のため、その原因への介入も制約されているわけだがね」

男はソファに預けていた背を起こし、さらに続けた。

「とりあえず、その未来の人類が、本来の地球および人類の姿に軌道修正する可能性を期待して、ある人間の頭脳にインスピレーションという形で情報入力しておいた。規約に触れない範囲で」

「インスピレーション・・・。その出力は音楽とか、絵画、書籍という形になるのでしょうか」

「そう。書籍という形でね。入力した人間の名はスウィフト、だったかな」

女はさらに尋ねた。
「彼の頭脳には題名も入力しておいたのですか」

「ああ、私の名前を入れてね」

「伺ってもよろしいでしょうか」

男はもちろん、というように微笑みながら頷いた。

「ガリヴァー旅行記、だ」




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