
Photo by
akanemachi
月夜の寝ぐせ
飲み会の帰り道、「ちょっと酔いを醒まそう」と先輩に誘われ、一緒にひとつ先の駅まで歩いた。先輩は鼻歌を歌ったり、突然笑い出したりと上機嫌だ。
「見て、満月!」
振り向くと、月明かりが先輩の横顔を照らしている。その顔は陶磁器のように白く、頬だけが綺麗な薔薇色に染まっている。
心臓の音がドクドクと、僕の耳の奥で響く。
夜風が酔いを冷ますように、ビルの間を吹き抜ける。
「静かだね……」
「……はい」
肝心の時に、僕は何も言えなくなってしまう。このまま駅まで歩いて「さよなら」をしていいのか。何か気の利いたことを言わないと。
僕は息を整え、震える声で言った。
「月が、綺麗ですね」
先輩が足を止める。わずかに首を傾げて、僕の顔を見つめた。
冷たい風が、もう一度2人の間を通り抜ける。
「……ふふっ」
先輩は、くすっと笑った。
「ねえ、風間くん」
「はい」
「寝ぐせ、ついてるよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「せっかくの名台詞なのに、ちょっと残念ね」
慌てて髪を触る。何度も手ぐしで直したはずなのに、どうやら酔いと風で、妙な跳ね方をしていたらしい。
先輩は優しく微笑みながら、そっと僕の髪を撫でて整えてくれた。
「次に言うときは、ちゃんと寝ぐせを直してからね」