寄り添う音楽。
実はつい先日までフェスというものに行ったことがなかった。正確に言うと野外コンサートには何度か行ったことがある。キャンプ場や公園をまるごと借りきって複数のステージや露店が並ぶあの感じに少し苦手意識を持っていた。音楽はじっくり集中して見たいタイプなのでワイワイと騒ぎながらというのに違和感があったのだろう。今年は青葉市子とCHAIといったどうしても見たいミュージシャンがいたので愛知県蒲郡市で開催されている森、道、市場に思い切って行ってみた。初めてのフェスが森道というのも良かったのかも知れない。森道の開催日は東海一帯の良いカフェと雑貨屋がお休みになるという嘘のような面白い話があるが、会場内に入ると自分たちが好きなお店で組んだ理想の商店街といった趣で音楽以外も非常に楽しめた。出演ミュージシャンにも出店者にも主催側の趣味が色濃く反映されている。ライブも元々前述の2組が見れたらいいやという感じだったのでゆっくりと見れた。外から見るのと中から見るのでは違うもので、もっと早くフェスを楽しんでいたら良かったと少し後悔した。
同じように食わず嫌いで得意でなかった宗教音楽の美しさを気付かしてくれたのは、アメリカの女性シンガーソングライターのジュディ・シルだ。2000年前後にアシッドフォークにはまっていたことがあって、ジュディもその流れでチェックしたのだと記憶している。ニック・ドレイクみたいな音楽と紹介されてあって、買ってはみたものの、アシッド・フォークというにはあまりにゴスペルのようで最初聴いたときはあまりピンと来なかった。好きになったのは体調が優れず仕事をしばらく休んでいたとき。外に出る気力も無く本を読む集中力もなかったためCDをよく聴いた。今という時間をとにかく忘れさせてくれるような音楽をと思い、人生2度目のアシッド・フォークブームが訪れた。ジュディを再び聴いたのはそんなタイミングであった。ちょうど東日本大震災の時だったので静かに祈るような彼女に歌声がすっと入ってきたのかも知れない。心に寄り添うような美しい声にどれだけ救われただろうか。波乱万丈な人生を送った彼女の生前最後の作品となったセカンドアルバム「Heart Food 」に収められたThe Kissは至極の1曲だ。クラシックの様式を取り入れたポップミュージックの最高到達地点なのかと個人的には思う。
数日前に久しぶりのアルバムが出たという長渕剛の曲がラジオから流れてきた。このあたりも今まで避けて来たものだ。時代遅れのロックスターのステレオタイプみたいな印象があって、セルフパロディのごとく大げさになっていくステージングや演奏は真顔で見ているのが難しいなと思っていた。いざラジオから流れてきた新曲に耳を傾けると思いのほかストレートなブルースやフォークを基調としたものであった。新しい音楽も取り入れながらも非常にトラッドだし、演奏がなにより良い。あぁ曇ったフィルターを通して見ていたんだなと痛感する。全ての音楽をフラットに聴くことは到底難しいけれども、良い音楽に出会う機会を今まで何個も失ってきたのだろうなと思うともったいない気がした。
※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2017年8月
Judee Sill 「Heart Food」(Asylum/1973)
グラハム・ナッシュらのツアーにオープニングアクトで参加したり、タートルズに楽曲提供したりで評価を高めてきたジュディ・シルのセカンドアルバム。フォークとクラシック、ゴスペルを融合させたファーストアルバムに比べカントリー要素も入り充実した1枚。ギター、オルガンだけでなくストリングスのアレンジも彼女がこなし多彩な音楽の才能に驚かされる。死後の方が評価が高く、未発表だったサードアルバムは彼女の熱烈なファンを公言するジム・オルークによりリマスタリングされ発売されたりする。現在も多くのミュージシャンからカバーされることが多い。