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偶然性による面白さ。

3月で40歳を迎え、同世代の間でケミカルウォッシュのジーンズを履くのためらうよね、という話題をたまにするようになった。古着好きの若い子を中心に町にはケミカルウォッシュジーンズをよく見かけるのだけれども、80年代後半にだんだんイケてないものになっていった時期をリアルタイムで経験している僕らアラフォー世代にとって取り入れるにはなかなか勇気がいるという話だ。先入観や予備知識は選択肢の豊かさを奪ってしまうのかもしれない。


音楽の話でもそうだ。若いミュージシャンや音楽好きな子たちと話す機会がこのところ多い。彼らの音楽の聴き方はYouTubeやSoundCloudを渡り歩き、ジャンルや人脈に関して非常にフラットだ。これを聴くのはイケてないよねと王道のロックや前世代的なものを避けマイナーでとんがったものばかり聴いてきた自分としては、彼らのそういう何でもありの所が羨ましくもあり面白いなと思っている。 何の世界でもそうなのだと思うのだけどセンスは見てきたもの、聴いてきたものに比例するので、母数が多い方が新しいものが生まれる可能性が高い気がするからだ。


wished boneの「pseudio recordings」は20代前半のイラストレーター、akira muraccoに教えてもらった。彼女が最近よく見るという「かわいい乙女のための音楽帖」というTumblrで見つけてサイケ好きな僕が好きだろうと紹介してくれた。物理フォーマットとしては限定25本で作られたカセットテープのみだということで、しかたなくbandcampで販売しているMP3のデジタルアルバムを購入する。


アシュリー・ローズというオハイオ大学に通う大学生を中心としたユニットだそうだ。本人は可愛い人だけれどジャケットは南米風の冴えないオバサン2人。音も同様に“乙女”を裏切る。同じ頃にCDを購入したLampのメンバーが主宰しているレーベル「Botanical House」からリリースされた菅井協太の3rdアルバム「y533」と同じ匂いがした。同じ匂いの理由はbandcampのメモを見てすぐにわかった。タスカムの4chカセットMTRで録音しているとわざわざ書かれていたのだ。オブラートを何層にも重ねたような濃い霧のような音はアナログな機材からくる生まれてくるものであった。


アシュリーは一晩で6曲入りのカセットを全て録音したそうだ。若い衝動というのは荒削りだけれども、熟考したものには到達できない地点に行ってしまうことがある。昔の無名なアシッドフォークシンガーの発掘ものだと言われたら信じてしまう見事な“無”時代性な音楽だ。Youtubeで最近撮影されたライブ映像が見つかった。アルバムの音とは違いバンド編成でクリアなサウンドであり、これまた裏切られた。モヤッとした霧を振り払ったら爽やかカントリー・フォークが現れた。若い頃のマイケル・ハーレイのようだ。美しい旋律とチャーミングな歌声。ただそれだけの良い楽曲。だがそれが良い。


そういえば、僕が自分の事務所の屋号を「サイフォン・グラフィカ」と名付けたのは、ハンドドリップではなく半オートマチックであるサイフォンの面白さに気付いたからだ。丁寧な手仕事は好きだけれども、僕の仕事の大半はすでにパソコンによるものである。自分の発想から全て生まれているようでパソコンという外的要因を通さなければ生まれ得なかったデザインというものは実はけっこう多い。そういう自分が完全にコントロールできない部分、ある種偶然性から生まれたものが自分の上限を超える結果をもたらすことがあって、そういうものの方が自分も楽しめて僕は好きである。

※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2016年6月

wished bone「pseudio recordings」(Self-released/2015)

オハイオ州アセンズを中心に活動するアシュリー・ローズとブライアン・クピラスによるLo-Fiフォークユニット。1stデジタルアルバムがBandcamp(https://wishedbone.bandcamp.com/releases)で発売中。ビート・ハプニング、ビルト・トゥ・スピルがフェイバリットというLo-fiな音作りながら、アシッドフォークに通じる儚く美しいメロディが特徴。

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