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クリエイティブの民主化。

これは第一回目の連載でも少し触れたのだけど、僕はサイフォン・グラフィカというデザイン事務所を主宰している。サイフォンというのは半分器械任せのコーヒー器具で、ハンドドリップとコーヒーメーカーの中間的な手間がかかる。1990年代半ばからデザインを始め、MacやAdobeといったデジタル技術がなければ出来ない、自分のグラフィックデザインに対する自虐と自負を込めたネーミングだった。自虐と自負というのは、基礎があまりに足りないのを自覚していたし、センスとアイデアがあれば新しいデザインは作れるという若さ故の根拠の無い自信からだろう。


40代半ばの僕らは20代の頃、既存の技術や理論にとらわれない一世代上とは違う表現をつくろうと躍起だったはずだ。しかしいつしか、文字組みやグリッド、デザインの基礎を身につける内に、それらデザインの“精度”ありきの考え方に変わってしまったのかもしれない。若い人のデザインを見るときにも精度の甘さをまず指摘している自分にハッとする。初心に返らねば。


この20年の間で、デジタル技術の進化は目覚ましく、専門知識無しでも昔では考えないくらい高度なクリエイティブが制作出来る環境が、低コストで手に入るようになった。クリエイティブの民主化だ。僕らが20代だった頃よりさらにクリエイティブの門戸が開かれている。こうなると何がつくりたいか、アイデアがあれば誰もがデザインや音楽が作れる時代が本格的に来た気がする。いよいよ音楽だけでなく、グラフィック・デザイナーにも早熟な10代が現れる機運なのだろうか。また専門性に特化するのではなく、多分野を行き来するようなマルチな才能を持った人の中から全く新しいグラフィック表現が生まれるのかもしれない。


3年余り続いたこの連載も今回が最終回。当初から21世紀生まれのミュージシャンが新しい音楽を作っていると言っていたけれども、ついに怖れていたグラフィック・デザインの世界にも10代の時代がやってくる。半分楽しみで半分怖さが正直なところだけど、できれば新しい性能の出現を楽しみような中堅でいたい。


※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2019年7月

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