ニュートラル・ミルク・ホテルという洋楽界の伝説
洋楽の名盤についての海外からの記事などを見ていると、日本発信の情報では全然お目にかかることが出来ないのに、海外ではカルト的人気があるアーティストの存在を知ることがありますよね。
RYMという音楽評論コミュニティにおけるオールタイムでのアルバムチャートでは、10位台や20位台ですら日本の音楽好きにも浸透していないアーティストの名前があがってきます。
そんなチャートでThe Beach Boysの「Pet Sounds」についで22位についているのが、この変なジャケット。Neutral Milk Hotelの「In the Aeroplane Over the Sea」(1998)というアルバムです。
どこの馬の骨の無名アーティストだ?と思うかもしれませんが、レビュー件数はペットサウンズよりも多いのがビックリですね。
また、奇妙な縁ですが、このアルバムのレコーディングに使用されたスタジオはペットサウンドスタジオと言うんだそうです。
私がこのアルバムにたどり着いた理由は、ニコニコ動画で、pitchforkが10点満点をつけたアルバムリストという内容の動画を見ていたからです。ニュートラルミルクホテルのこのアルバムはピッチフォークの10.0
pitchforkという音楽メディアは評論の辛口さ、独特さ(贔屓する対象など)が有名で、この音楽評論の界隈では地位を確立しているヤツらです。
で、だいたいは有名アーティストの有名な名盤の中でもピッチフォークの審美眼により選りすぐりされたものが10.0という数値を付けられるのですが、2割くらいは???となるチョイスが混じっています。ニュートラルミルクホテルのこれも多くの人にとってそうでしょう。
ニュートラルミルクホテルの曲が独特なジャケットの画像と流れてきたとき、誰だ???という感情と同時に、「これは名盤に違いないだろう」と勝手に確信してしまいました。
西洋絵画みたいなタッチ、海外版のっぺらぼうみたいな変な頭、なんだか微笑ましい少年とポーズ。完全に名ジャケットで名盤だと決め込みました。昔で言うジャケ買いみたいな感覚でしょうか。
実際聞いてみた。めっちゃ聞きやすい。聞き心地いいです。これ、きっかけがないだけで、本来は日本人リスナーにもすごく受け入れられる可能性が高いアルバムだと思います。
そんなこんなで、このアルバムにハマってからおよそ8ヶ月、本当に飽きずに聞き続けている自分に驚きます。
皆さんにもお裾分けというか布教というか紹介したいと思います。
さて、本題のアルバムの説明に入ります。
全11曲、40分。インディーらしいコンパクトさ!インスト曲が2つあったり、やたら短い曲があったり、一曲だけやたら長かったり、曲ごとのテンション、やかましさの振れ幅が大きかったりして、全体的にメリハリがあります。
上述のRYMを参照すると、ジャンルとしては「インディーフォーク」「インディーロック」「サイケデリック」「ローファイ」ということができます。
特に「フォーク」と言う形容が最初にしっくりくるでしょう。というのも全編的にアコースティクギターのストロークが聞こえてきますし、特に最初と最後はどちらもアコギの弾き語りが基調の曲です。
しかし、やはりただのフォークではありません。そもそもアコギのサウンドがくぐもってたり、やたら潰れたエレキギターがかき鳴らされたり、「ローファイ」感も満載です。
しかも、たしかに「サイケデリック」な印象を受けます。ボーカル重ねどりもそうですが、どこか懐かしくなってしまう民俗音楽風なラッパが響いたり、全体を纏う効果的な持続音(どうもノコギリ型の楽器の音らしいですが)が雰囲気を作ったりしています。
1曲目の「The King of Carrot Flowers Pts.1」は2分ポッキリの単純なストロークによる弾き語り。順当ですごくいい雰囲気。
そして、2曲目の「The King of Carrot Flowers Pts.2 & 3」は一曲目を引き継いだ曲。民俗音楽的で変な音のする弦楽器が鳴り出し、「I love you Jesus Christ」とやたら長く声を伸ばして歌い出す。そしたら途中でエレキギターが唸り出し、ドラムがドンと鳴り出す。ボーカルも早口になって、ラッパも唸り出す。そしたらPart 3に変身。完全に性急なオルタナロックバンドに。そう、90sのオルタナが好きな人にも特におすすめのアルバムですね。
そして、タイトル曲で本命の3曲目「In the Aeroplane Over the Sea」。この曲もなんとなく聞いてると、単純な弾き語りに聞こえるが、アコギの音色がさっきと違って少しキラめいて聴こえて幻想的。
歌詞に「Anna's ghost all around」と出てきますが、このアンナ、「アンネの日記」を残した少女、アンネ・フランクのことらしいです(ナチス政権下でユダヤ人迫害の対象となり身を隠すも収容されてしまった少女)。
ボーカルのジェフ・マンガムはアンネの日記を読んで、この少女に恋をしてしまったらしく、アルバム全体に、少女を助けたい、巡り会いたい、というニュアンスの歌詞、または少女が生きている証を探したり、はたまた少女が本当はいないという事実に悲しみ、それをなんとか受け入れるという心情まで登場します。
アンネ・フランクには会ったことが無いはずなのですが(せいぜい顔写真は見たことがあるというくらいでしょうか)、彼女について事細かな描写もしくは妄想がされています。触れたことはないだろうに「soft and sweet」と歌うフレーズがとても耳に残ります。ちなみにこのフレーズ、ほかの曲で登場します。
すごくうっとりしてしまう曲調です。でもコードがすごく簡単でついついギターで歌いたくなります。
4曲目は「Two-Headed boy」。この曲だけは最後まで本当に一つのアコギ、一つのボーカルだけで約4分歌い切ってしまいます。なのに(というかだからこそ?)、とても気迫と情念が伝わってきます。圧巻です。必聴。
続く5曲目はインスト曲の「The Fool」は思いっきりラッパが鳴っていて、これまた民俗音楽を感じます。
そして6曲目「Holland,1945」。これが一番はちゃめちゃで勢いがあってロックっぽいノリでカッコいいです。潰れたエレキギターも鳴り響くラッパもドラムもてんこ盛りです。
その明るさとは反対に、歌詞はまたアンネフランクについての要素が多いみたいで悲しい内容のようです。
But now we must pick up every piece
Of the life we used to be
何回か出てくるこのフレーズ。後世の人間としてもういなくなってしまった人達のことを思う気持ちが表れています。
7曲目は2分にも満たない「Communist daughter」。例のノコギリ楽器によるものなのか、ふわ〜んとした響きの持続音の上で歌う曲。
Semen stais the mountain tops
semenというのは単語だけでかなり性的だとおもいます。
And wanting something warm and moving
Bends towards herself, the soothing
Proves that she must still exist
She moves herself about her fist
このラインがナチス占領下における隠れ家生活での彼女の孤独なマスターベーションを歌っていると聞いて納得しました。やはり主人公はアンネフランクのようですね(彼女がコミュニストであったかはよく分かりませんが)。
8曲目は「Oh Comely」。弾き語り基調なんですが、いきなり8分超えです。アルバム中でもっとも緊迫してもっともシリアスな8分間。「タイムマシーンか何かで彼女を救ってあげれたら」みたいなことも言ってます。声が悲痛でラッパもすら悲しく響きます。
9曲目「Ghost」ちょっとご機嫌でパワフル。だんだん盛り上がり、この曲のアウトロと次のインスト曲はクライマックスです。特に「Ghost」のアウトロは泣かされます。
10曲目であるインスト「untitled」。こっちは異国のお祭り感がたまらないです。
ラストの11曲目「Two-Headed Boy Pt. 2」は「Two-Headed Boy」と同じく完全な弾き語り。こちらはラストらしくゆっくりと歌い切る。
なんだか自問自答のような自分に言い聞かせているような、悟ってしまったかのような悲しい雰囲気です。最後にはアコギを置いて立ち去るような音まで収録して終了。
日本での知名度がないので、あまり和訳が出回っていません。私みたいな英語が苦手な人間としてはもっと有名になって、このアルバムの歌詞全ての和訳が見つかると助かるんですが。
「the king of carrot flowers」ってニンジンの花の王様?
「two-headed boy」って頭が二つの少年?なんか怖いけど何の意図があるんでしょうか。ジェフ・マンガム自身を指していそうなんですが。私の雑な考察をするとしたら、現実社会に生きている頭と、アンネフランクの念にとらわれて妄想を広げている頭の2つということでしょうか。
あと「what a beautiful face」とかの「a」。アルバム通してこの冠詞の「a」をやたらと「エイ」って発音しますね。平均的アメリカ人は日常生活でこのくらい「エイ」っていうのか、ジェフ・マンガムが変なのか気になります。
ちなみにニュートラルミルクホテルはこのアルバムをリリースしてから少しライブをやったタイミングでジェフ・マンガムがノイローゼになったらしく、すぐに活動休止してしまいます。カルト人気バンドっぽいエピソードですね。
最後にこのアルバムについての英語版のwikipediaを。
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