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ひとりぼっち

これは、私が小学校6年生の時の話。

かあちゃんが、突如と消えたのだ。

朝には、かあちゃんはいたのに…。

学校から帰って家事を一通りやり、
晩ご飯の準備をしていた。

いつもならかあちゃんが、
仕事から帰ってくる時間なのに、
帰ってこない…。

焦りが出てきた。

もう外は夕陽が沈みはじめ、
やや暗くなっていた。

かあちゃんどこ行ったんだ?
なんで帰ってこないんだろう…。
なんかあったのかな…。

気づけばもう、
夜になっていた…。

晩ご飯は作ったけど、
食べずに、かあちゃんを待つ。

もう寝る時間になっても、
かあちゃんは帰ってこない。

私は、かあちゃんが、
帰ってこれる様に電気をつけて、
体育座りのまま、泣いていた。

かあちゃん…。
かあちゃん…。
どこいったの?
事故にでもあっているのかも…。
もう帰ってこなかったらどうしよう…。

かあちゃんは暗やみがダメである。

三半規管がうまく機能していないのだ。
昼間でも、真っ直ぐに歩く事が出来ない…。

それに耳の聞こえない、
かあちゃんに視界すらなくなって、 
しまうと何も出来ないのだ。

平気に車道をフラフラ歩いたりする。
クラクションの音も聞こえない…。

だから、
暗やみになると、
今いる位置がわからなくなる。
必然的にかあちゃんは夜は出歩かない。

なのに、かあちゃんはいない。

胸騒ぎがして、外に探しに行く。

知っている場所を次から次へと、
走って目を凝らしながら探してまわる。

かあちゃんを呼んだ所で、
耳が聞こえないのだから意味がない。

いない…いない…。

ここにも…いない…。

どこ行ったんだよ…。

どうしよう…涙が出できて、
前が見えなく、何度か転んだ。

それでも、立ち上がり、
走って、走って、探すのだ。

人通りのない所まできた。

あたりは真っ暗で何も見えない。
怖くて、先には行けなかった…。

ひきかえし、
もう一度探し回った。

もう、寝る時間はとっくに過ぎていた。

ボロボロになって帰った。

ただいま…。

声がこだまの様にシーンとした、
部屋に響いていた。

ご飯も食べてなかったから、
そのまま布団をひくと、
電気をつけっぱなしで
パタリと泣きながら寝てしまった。

幼少期の出来事の夢を見た。

かあちゃんと珍しくデパートに行った。
あまりに広くて、
目を輝かして目移りしていた。

すると、かあちゃんとはぐれたのだ。

泣いていると、迷子センターに、
連れてかれ、アナウンスしてもらう。

だが、かあちゃんは耳が聞こえない。
アナウンスの意味なんてないのだ。

いっこうに迎えなんて来ない。

かあちゃんは、血眼になって探していた。

ある人から、アナウンスされてると
教えてもらって、やっとかあちゃんは来た。

その時のかあちゃんの安心した、
気持ちと涙を流していた顔がそこにはあった。

あの時の誰にも見つけてもらえない、
かあちゃんがいない、そんな気持ちが
夢となって現れた。

やっぱり…ひとりぼっちなんだ…。

朝早く、
近所の人がインターホンを鳴らして、
私の名前を叫んでいた…。

泣き腫らした目で、
玄関に向かい、ドアを開ける。

近所の人から聞いた話。

昨日の夕方にかあちゃんが来たらしい。
次の年、私は中学生になる。
それで、制服があれば欲しいとの事で、
近所中に、聞いてまわっていたらしい。

そして、今病院にいるとの事。

後で知った話である。

かあちゃんは、
近所中まわっているうちに、
いつの間にか真っ暗になり、
かあちゃんは居場所を見失う。

フラフラと右往左往しながら、
あっちこっちに激しくぶつかりながら、
家を探してさまよい歩きつづけた。

そこに、
交番の明かりを見つけ、
そこに向かってフラフラ歩き、
かあちゃんは安堵の気持ちで、
交番の中で崩れ倒れた。

そして、
かあちゃんは病院に運ばれたのだ。

走って、走って、
息を切らしながら病院に行く。

ぜーぜーと肩から呼吸しながら、
かあちゃんを探す。

かあちゃんは寝ていた。
あっちこっち包帯で巻かれていた…。
痛々しい姿に涙が込み上げてくる。

私は、泣きながら、
寝ているかあちゃんを見守っていた。

…かあちゃんのバカ!
…何やってるんだよ!
…心配かけやがって!

本当に…本当に…かあちゃんは…。

しばらくすると、かあちゃんが目を覚ました。

かあちゃんは、

何してんだ?
ここはどこだい?
なんで泣いてんだい?

と自分がなぜ病院にいるのかが、
わからなかったらしい。

私は、泣きながら、
かあちゃんを抱きしめた。

かあちゃんは、

ごめんよ…。
かあちゃん暗いと、
ダメなんだ。

右が左か上か下か…
わからなくてね…。

目が回って、
うまく歩けなくなるんだ…。

そしたら、交番の灯りがわかってね…。

それをたよりに歩いていたんだ…。

心配かけたね…ごめんよ…。

私は、かあちゃんに
手話で話しかける。

かあちゃんが無事でよかった…。

かあちゃんがいないから、
オイラどうしたらいいのか、
分からなくて…。

探しに行ったんだ…。
でも…。
早く見つけてあげれなくて…
ごめんよ…かあちゃん。

かあちゃん
ひとりぼっちで、
怖くて寂しかったでしょ?

オイラの為に歩き続けてくれたんだね…。

ありがとう…かあちゃん。

暗いのダメなのに…
オイラの為に、制服もらいに
あっちこっちと、
近所に頭下げてたんでしょ?

近所の人から聞いたんだ…。

泣きながら、
かあちゃんの顔を見て、
話した。

かあちゃんは、
私の頭を撫でて、

当たり前じゃないか!

かあちゃんは、お前の為なら、
なんでもしてあげたいんだよ!

でも、制服を買わせてあげれなくて…。

情けないったらないよ…。

かあちゃんが、
こんなんじゃなかったら、
新品の制服を買ってあげれるのに…。

ごめんよ…お前に苦労ばかりかけて…。

と泣いていた。

かあちゃんの手はカサカサしてて、
それでもその手が大好きだった。

かあちゃんのその手を
自分の喉に当てて、
喉の動きや響きをわかるように、
手話で、

かあちゃん…オイラは幸せだよ。
かあちゃんは世界一だよ。
かあちゃんの事が大好きなんだ。
かあちゃんのぜーんぶが好きだよ。

オイラ新聞配達するよ。
そしたら制服、新品の買えるよ。

だから…。
お願いだから…。
頼むから…。
暗くなる前に帰ってきて…。

いつの間にか、
涙が、かあちゃんの手をつたっていた。

かあちゃんは泣きながら、
優しくその手で、
私の涙を拭いてくれた。

その日の明るいうちに、
かあちゃんと一緒に帰った。

帰って、
昨日の晩ご飯に作った、
冷めたご飯を一緒に食べた。

すると近所中の人が、
制服のお下がりを
次々と持ってきてくれたのだ。

かあちゃんが、
お願いしてくれたからだね。
ありがとう…かあちゃん。

かあちゃんは嬉しそうに泣いていた。

それから、かあちゃんと
制服のお返しを持ってまわった。

暗くても、オイラがついているからね。

オイラをもっと、もっと、頼っていいよ。

かあちゃんをひとりぼっちにはさせない。

かあちゃん、オイラの手を離さないでね。


かあちゃんのカサカサの手を、
ぎゅっとつなぎ、
もう二度と寂しい怖い思いはさせない。

そう…心に刻む。

夕陽が沈みそうな空の下

いつの間にか、背がかあちゃんより、
少し大きくなっていた。

そんなたわいの無い会話をし、
かあちゃんと手をつなぎ、
微笑み合いながら家路に帰ったのだ。



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