メリーゴーランド。
今は百貨店の屋上には、何もないだろう。
だか、私が幼少期の頃、
百貨店の屋上に色んな乗り物があり、
親子連れで、にぎわっていた。
我が家は母子家庭の貧乏だった。
かあちゃんは耳が聞こえない。
だが、その当時、
かあちゃんが働いていた職場の人から、
その百貨店の屋上の乗り物のチケットを、
もらって、次の休みに行く事になった。
家にはテレビがない。
なので、そんな情報すら知らないのだ。
もう、ドキドキ、ワクワクしかない。
想像もできない、どんな場所なんだ?
乗り物ってどんなのなんだ?
全然、わからない…なんだ…。
だが、かあちゃんは喜んでいた。
だからきっと、すごく楽しい所なんだな!
初めての百貨店。
私は迷子になって、かあちゃんを困らせた。
迷子アナウンスが聞こえない、かあちゃん。
広い百貨店で血相を変えて探していた時に、
アナウンスされていると教えられ、やっと、
かあちゃんが迎えに来て、怒られた。
そんな、かあちゃんも疲れ切っていて、
私も迷子になって、百貨店という大きい、
建物に恐怖を覚えていた。
そのまま、エレベーターで屋上へと行く。
そこに、広がるのは…未来?と思うぐらい、
変な機械や乗り物がたくさんあり、私は、
あわわ…とたじろいだ。
かあちゃんは、
大音量の機械音に補聴器がやられて、
頭を抱え込んでいた。
どの、乗り物も私には魅力に感じなかった。
怖い…なんだあれは…ちっとも面白くない。
でも、かあちゃんは、
ほら、なんか乗りたい乗り物あるかい?
チケットあるから、どれでもいいんだよ?
かあちゃんは…ベンチで休んでるよ…。
私は、先ほど、迷子になったせいもあり、
かあちゃんが見えなくなると不安になって、
動けなかった。
しばらく、かあちゃんとベンチで、
その異様な光景をぼーっと眺めていた。
かあちゃんがイライラしはじめる。
なんだい!せっかく来たのに!
お前の為にチケットもらってきたんだ!
少しは喜んで、遊んできな!
なんでも、いいんだよ!
ほら、あんたより、小さい子だって、
楽しそうにあそんでるじゃないか!
私は、
かあちゃんと一緒がいいんだ!
おいら一人は嫌だ!
オイラだけなんて、ちっとも面白くない!
ねぇ、かあちゃん一緒に何か乗ろう?
ひときわ目立つ所に、
メリーゴーランドが目玉となって、
人気となって回っていた。
かあちゃん!
あれ!一緒に乗ろう!
かあちゃんも楽しもうよ!
ねぇ、お願い!
オイラはかあちゃんと一緒がいい!
かあちゃんは、
一瞬、険しい顔をして、意を決して、
わかったよ!お前の頼みだもんね!
あたいも一緒にアレに乗ってやる!
ほら、早く行こうじゃないか!
かあちゃんと一緒に列にならび、
チケットを渡すと、二人で、
メリーゴーランドに乗った。
だだ、馬みたいなのに、乗って、
オルゴールみたいな音楽が流れて、
何周か回り続けるだけの乗り物。
周りは楽しそうに、目を輝かして、
メリーゴーランドを楽しんでいた。
私はというと、かあちゃんの顔色が、
だんだんと悪くなるのがわかってて、
それどころではなかった。
そう、かあちゃんは、
耳の三半規管が機能してないのだ。
だから、いつもふらふらしながら歩く。
そんな中、
メリーゴーランドなんて乗ってしまったら、
かあちゃんは、地獄でしかないのだ。
あの時の、かあちゃんの険しい顔の、
意味をその時に、はっ!と気づいた。
だが、すでに遅い。
メリーゴーランドは、これでもかっと、
回り続ける…かあちゃんは泡を吹きそう。
やっと、メリーゴーランドは止まり、
入れ替わりが始まる。
その中で、私はスタッフの人に助けを、
求めて、かあちゃんをなんとか連れ出して、
日影の静かな場所に横にしてもらった。
かあちゃんは、うなされてる。
多分まだ目が回ってるんだ…どうしよう。
あの時、かあちゃんと一緒に乗るって、
わがまま言ったせいだ!
かあちゃんは、わかってたんだ。
乗り物を乗ると、こうなる事が。
だから、私一人で乗り物を楽しんで、
欲しかったにちがいない。
かあちゃん…ごめんよ…。
かあちゃんの気持ちもわかってやれなくて、
オイラの為に、無理なはずの、
メリーゴーランドを乗ろうとしてくれた。
結果、このざまなのだ。
きっと、かあちゃんの中では、
今日はすごく楽しい日にしたかったはず。
なのに、私は、
すぐに迷子になるわ、
乗り物に乗りたがらないわ、
周りの音量は大きくて補聴器が、
ピーピーとかあちゃんを苦しめていた。
しまいに、メリーゴーランドなんて、
乗ったらお終いなのに、無理矢理乗せた。
かあちゃん…最悪な一日にしてしまった。
かあちゃんが、やっと我にかえり、
私に謝ってくるのだ。
ごめんよ…お前に悪い事してしまったね…。
せっかく楽しみにしてくれてたのに…。
かあちゃんのせいで、台無しだ…。
ごめんよ…ごめんよ…。
と泣いて謝ってくるのだ。
私は、
かあちゃん!
かあちゃんは全然悪くないし、
かあちゃんのせいなんかじゃない!
悪いのは、オイラなんだから、謝らないで!
かあちゃんは、ここで休んでていいからね、
オイラ、残りのチケットで遊んでくるから!
じゃあ楽しんでくるから、かあちゃん!
その代わり、絶対ここにいてね!
また離れ離れには、なりたくない!
かあちゃんは、
わかったよ…ありがとうね。
たくさん、楽しんでおいでよ。
かあちゃんが見えない所まで走る。
ここまで来たら、なんとかなるはず!
私は、まだ遊びたいとだだをこねている、
小さい子がいて、もうチケットはないと、
説得している、親子を見つけ出した。
そして、その親子連れに、
このチケット…あげます。
ぼくはもう乗り物たくさん乗ったので、
いらなくなったんです。
だから、よかったらコレ使ってください!
と、チケットを譲った。
そして、物影に隠れて、
かあちゃんを観察してしていた。
かあちゃんは、私を探している様だった。
目を細めて、遠くを見ていた。
かと、おもったら、まだ目が回ってるのか、
急に横になって、動かなかった。
まるで、いつも酒に溺れて、ぶっ倒れてる、
かあちゃんみたいだ…お酒も目が回るのか?
かあちゃん…。
いつも、オイラの為にって自分を犠牲にして、
耳が聞こえないのに、頑張って仕事して、
あのチケットだって、もらったって言ってた。
でも…もしかしたら…オイラの為に、
買ってくれたのかもしれない。
娯楽を知らないオイラを不憫に思ったのか。
かあちゃんは、なんて優しいんだろう…。
メリーゴーランドだって、断ればいいのに、
オイラの為に、一緒に乗るって頑張ったのだ。
結果、こんな事になってしまったけど…。
かあちゃん…ありがとう…。
私はは幸せ者だ…。
かあちゃんの子どもに産まれてきて、
本当に良かったって思うよ。
かあちゃんの愛情深い所が大好きです。
それ以来、
メリーゴーランドは悪魔の乗り物だと、
私は認識しております。
あの、魔法の世界の様な、
きらびやかな、乗り物に騙されてはいけない。
あと、コーヒーカップみたいなのもね。
あれは、タチが悪すぎる。