奥阿蘇~千年の森物語~第1話
ミサヲの種
ばあさまは、ふたぁつ、みっつと歌うように節をつけ、幼いふっくらした手のひらに、サヤから取り出したばかりの種をのせていった。
小さくまんまるいその種は、ミサヲの小さな手のひらの真ん中に、なかよく三つおさまっている。
ミサヲは、クリーム色をした種を首をかしげてみつめたあと、顔をあげた。
みあげたばあさまの顔は、ふくふくと微笑んでいて、ミサヲはうれしくなってにっこり笑った。
「ミサヲはよか子じゃけん、そればやる」
ばあさまは、豆をとったあとのサヤがらをガサガサとまとめながら言う。
「ミサヲは、ほんなごつ、よか子じゃけん」
ばあさまは動かしていた手をふととめて、ミサヲのほうに深いしわの刻まれた顔をむけて言った。
「ばあの大豆ば、ずぅっとずぅっと、だいじに、だぁいじに育ててなぁ」
「ん。ばあさま」
ミサヲはふぞろいの大豆を人差し指でそっとつつきながら言った。
「こん豆は、ミサヲがだいじに、だーいじにそだてるけん」
そういうと、ふたりは顔をみあわせて、にっこりと笑った。
かあさまから頼まれた大根をひくために、ミサヲはばあさまと田んぼの間の小道を、手をつないで歩いた。
村の大きなけやきの向こうに、優しいだいだい色した夕日がしずんでいく。
ふいにばあさまが
「ミサヲ」
とよんで、歩みをとめた。
「あの大豆な、あれはばあが小さい時分に、ばあのじいさまからおんなじようにお願いされたもんじゃったよ。そういやぁ、そうじゃった」
ばあさまの目は、遠い遠いところをみているようだった。
「日照りのひどか年も、雨ばーっかりの年も、さむか夏もあってなぁ。
じいさまの大豆がどうか無事にたくさんとれますようにて、毎年祈るばかりじゃった」
ばあさまは、刈り取った稲わらがちらばる道を、ミサヲの小さな手を引いてまた歩きはじめた。
「なんとか、じいさまも喜んでくれとらすやろ」
と、ばあさまは、ぽつんとつぶやくように言った。
「今年はたくさんとれてよかったて、とうさまも喜んどらしたよ。
あれ、ばあさま」
ミサヲはばあさまを見上げて言った。
「なんで泣きよると?」
「ありゃ、どうしたことかねぇ」
ばあさまは手のひらで顔をぬぐいながら、
「ばあのじいさまが喜んでくれとるようでなぁ。ばあはようやく安堵したのかもしれんなぁ。」
といった。
ふうん、とミサヲはうなづいた。
その夜、ばあさまはお星さまになって、遠いお空にかえっていった。