[小説]君が生きる星のすべて #1
はじまりの風
黒い瞳のはるか下を鳥が飛んでいる。
頬をかすめ、すぎていく風がいつもより強い。
断崖にせりだした大岩。のぞきみた谷から吹きあげてくる風がするどい声を上げ、のびた黒髪をあおって天にかえっていく。
風を追い見上げた空は、はてしなく青い。
強風に流されるのか、猛禽らしき茶の斑点を散らしたその背は、羽を大きくひろげたままゆっくり左へと螺旋を描きながら遠のいていった。
大風が近づいてきているのかもしれない。
ザカルははるか西の空から、何かをよみとろうとするかのように、目を細めた。
去年の夏に、ずいぶんと強い雨が降り続き、谷は濁流に削れ、ところどころ崩れた山の斜面は今も赤茶色の土をむき出しにしたまま、濃い森の緑を切りとっていた。
革の背嚢を背負いなおし、はるかに見えぬ行く先の方向を見定め、ザカルはルートを目で追った。
山の起伏や谷の深さから水場になりそうなところを探り、高い山頂の特徴や尾根の続きぐあい、目印になりそうな大きな木を樹種や樹形とともに頭にいれた。
よし。
あとは一歩一歩、歩いていくだけだ。
三日かかろうが、三年かかろうが、歩き続ければ必ず行きたい場所へたどり着くことを、ザカルは経験としてわかっている。彼の身体もそれを知っていた。
疲れたら休み、焚火のぬくもりのそばで眠る。澄んだ沢の水を飲み、道すがら見つけた木の実や木ノ子や薬草をポケットにいれながら。
ただただ、一歩一歩進むだけだ。
ザカルは視線をもどした。
「いこう」
ザカルは後ろをふり向きながら、声をかけた。
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