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『やわらかい棘、あざやかな皮』
洗い物をはじめてすぐに、弘子は水道をとめ、持っていたスポンジをシンクの縁に置き、かるく手を握った。
ふやけてもなお細い指先には、よく見るとちいさなあかぎれがあった。きれいに切り分けたスイカの、その欠片みたいだった。
血は出ないか、沁みてはこないか。反対の手の親指でこすると、周囲がうすく色づいただけで、痛みはなかった。
白髪まじりの前髪が、はらはら視界のすみへ降りてくる。
また水を出して、銀色のスプーンをすすいでいく。
すぐそばにある小窓からのやわらかな陽のひかりが、洗い桶にたまる水やシンクをすべる泡に、たびたび映る。
彼女の乾いた睫毛が照らされている。
少しずつまばたきが多くなってきて、腕の濡れていないところで目元をこすると、目尻から瞼にかけての皮ふがくしゃくしゃになって、視界がぼやけてしまった。
目をとじて仰ぐと、首筋にうっすらとあおい血管が浮かびあがった。
(絆創膏あったかな、水をはじくやつ……)
そう思っていると、寝室の戸のひらくのが聞こえた。
夫の浩之が起きてきたのだ。