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明治35年の祖母と幼なじみとの手紙の往来
祖母田中はる子は、日本橋人形町(田所町)で生まれ育ち、同所に住む幼なじみの松本こと子とは、十代には手紙のやりとりをする間柄だった。明治35年には、祖母は神田区西小川町の佐々木家に奉公に出ていたが、3月から4月にけての祖母と松本こと子との往来の手紙がわが家に残っている。内容が関連しているので、並べてみたが、一応、流れはつながっているようだが、どんなものだろう。
こと子の明治35年3月8日付の手紙では、はる子が宿下りをして実家に帰ってきたときに会うのが楽しみだったようで、正月以来、便りを頂いておらず、一年も会っていない気持ちがして何となく恋しく思っている、4月に帰って来たときには是非、立ち寄ってほしいと述べている。父親が大病で大変だったため便りが遅くなったとあるが、追伸では、次第に快方に向かったらしい。いつも乱筆のことを謝罪するのが、こと子のクセで、謙譲を兼ね備えた人だったが、筆蹟はとても美しい。尚「姉上様」とあるが「娣」なら妹または弟の嫁である。
3月12日付のはる子からこと子への返信で、こと子の父親が大病だということを知らず、お見舞いも差し上げずに申し訳ないと言い、年に一二度しか会えないことが残念だが、来月の宿下りには何を置いてもお会いしたいと述べている。
封筒に郵便切手が貼ってないので、人づてに渡してもらったのだろうか。
3番目は、明治35年4月16日付の松本こと子から田中はる子への手紙である。いよいよ、はる子の宿下りが近いからか、20日頃に田所町の実家に帰ってくるときには、是非立ち寄ってほしいと再度、述べている。
同じく日本橋田所町に住み、毎日のように遊び、学び舎(有馬小学校か)を同じくした幼なじみの少女二人は、祖母の奉公と共に会う機会が少なくなったが、手紙の交歓を通して、尚も交流を続けていた。これはそんな明治時代の市井の乙女たちの記録である。
1 明治35年3月8日付 松本こと子から田中はる子へ
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【仮訳】
1 明治35年3月8日付 松本こと子から田中はる子へ
【封宛先】
神田区西小川町壱ノ三 佐々木様 御内ニテ 田中はる子様 消印35.3.9 前8:30
【封差出】
寿 三月八日夜出 田所町 松本ことより
【本文】
一筆示し奉候 近頃は余ほどあたたかく相成 何とのう春見え若奈の草も目をふき出し候はんとそんじ候時節からに相成候處 御許様はじめ御姉上様に何のおさはりも御座なく候や伺上候
次に私方例のまめやかに暮し居候まま憚ながら御安心のほど願上げ候 さてはや年かわりてより一たびもお預致さず最早壱年も御目に掛らぬ心地いたし定て面かげもかわり見え候はんと存じ 何とのう恋しくぞんじ それ故御やどりに御出遊すを楽みに指折かそへ持居候 何卒御出の節にはぜひぜひ御立よりの程待上奉候 とっくに御手紙差上申すべくはづにはそんじ候へ共 父事大病にて打ふし居誠におそなわり申し訳もこれなく何卒失礼のところは水に御流し被下度 かげながらねんじあげ奉り候 先は前後らん筆御はんじ被下度願上奉候 あらかしこ
末ながらかつ子様へよろしく御傳へのほど願上候 父事も近頃はおひおひ全快に趣居候まま何卒御気もじ安う思召被下度願上候
早々かしこ
三月八日 こと より
はる子様 御許へ
2 3月12日付 田中はる子から松本こと子へ
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【仮訳】
2 3月12日付 田中はる子から松本こと子へ
【封宛先】
日本橋区田所町十九番地 松本こと子様 御許へ 切手消印なし
【封差出】
三月十二日 神田区にて 田中はる より
【本文】
御手紙有がたく拝し奉候 追々春暖に相成候ところ御許様には御機嫌よう御暮し遊ばされ御目出度存じ候 次に姉はじめ私事も無事につとめ居候まま憚りながら御安心下され度候 就ては先頃中御伯父様には御大病に入らせられ候とは露しらず御見舞の品も差上げさず誠に申訳御座なく何とぞ悪からず思召下され度先は御返事迄
あらあらかしこ
弥生月中旬 晴子より
ゆかしき こと子の君 御もとに
こひしゆかしきやるせなや いとやさしき御許様すがた わずか年に一二度しかおめにかかれず誠に口おしく存じ奉候 来月のやとりには何用さたをき候とも御許様には是非是非御目にかかりいろいろ御話し申候へは御目にかかり候と何の御話しも出ず候まま今より沢山ためおき候 まことに しつ礼
3(明治35年)4月16日 松本こと子から田中はる子へ
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【仮訳】
3 (明治35年)4月16日 松本こと子から田中はる子へ
【封宛先】
神田区西小川町壱ノ三 佐々木様御内ニテ 田中はる子様御許へ 消印35.4.26
【封差出】
寿 四月廿六日 田所町 松本こと子
【本文】
美事なる御文文 とる手遅しと おし奉候 さてはや御許様には廿日頃には御やどりに御出で遊ばされ候由何よりうれしう存じ居奉候 何卒御出で遊ばれ候節には是非是非御立寄の程指折かぞへ待上奉候 あまりかつてがましうは御座候へ共此手紙働し姉上様に御願申上候ままあしからず御思召下され度願上候 先は取急ぎ候ままらん筆御ゆるしに いと願ひ上奉候
あらかしこ
四月十六日 こと より
はる子様へ
(本文の日付と封筒の日付にズレがある)