美夫君志(みふくし)という文芸雑誌
就職して一年目に『美夫君志』(みふくし)という文芸雑誌があり、このタイトルは万葉集の最初の歌から来ていると先輩から教わったことがある。当時、万葉集に無関心で、「みふくし」と万葉集のつながりを理解しないまま、そのことだけが頭に残っていた。
後になって、雄略天皇御製とされる「こもよ みこもち ふくしもよ みふくしもち このおかに なつますこ いえのらせ なのらさね」という長歌のなかの「美夫君志(みふくし)」から来たものだと知った。
今この万葉の歌に自由な想像をめぐらそう。
かわいい籠とかわいい堀串を持ったお嬢さん、あなたの家を教えてください、名前を教えてください、教えてくれないなら自分の方から家も名前を告げるよという求婚歌だ。「美夫君志」の4文字が乙女に声をかける大王を連想させて楽しい。これを雑誌のタイトルにした気持ちがわかる。
本名は諱(忌み名)と言われるように大切なもので、めったなことでは他人に教えない。だから自分の名前を言うことはそういう関係を許諾することだ。民衆の間で歌われていた素朴な求婚歌が天皇御製に昇華したのだろう。大王と民衆が古代の田園の風景にとけ込んだような明るさを感じる。
もともとの万葉仮名はこれである。万葉仮名と訓読みが入り混じった表記は今に通じる。
籠毛與 美籠母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須児 家告閑 名告紗根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背歯 告目 家呼毛名雄母
2022.10.13