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金子明先生の思い出

中学校に入学したとき、自己紹介を兼ねて、「この学校にはアキラという先生が3人いる。だから3人そろってスリーA(エース)と言われている」と当時のたばこの銘柄を出して笑わせてくれた。金子先生が「きみたちの小学校の校歌はどういうの」と聞くと、みなが一斉に「青空に澄みたる富士を」と歌いだした。先生がいい歌だねと言ったのがうれしかった。音楽が好きだったのだろう。古い校舎に、使われずに置いてあるピアノをひとりで弾いているという噂が聞こえてきて、何人かで金子先生の弾くピアノを聴きたいと覗きに行ったら、「禁じられた遊び」を知ってるかと言って弾いていた。愉快な社会科の先生だった。

今でもはっきりと顔を思い出すことができる。細面で、濃い眉毛の下に目は輝いているが、決して威圧的ではなく、濃いひげ剃りあとに囲まれた口元から飛び出す言葉は、いつも教室を和ませていた。

ある雨の日、体育の先生が休みで自習になったので、皆で自由にサッカーをした。雨が降り出して土砂降りになった。金子先生が心配して運動場に現れた。すると生徒の一人が「先生、審判してよ」と笛を渡した。「先生はルールがわからないよ」と笛をその子に返したが、なおも雨の中、私たちを見守っていた。子どもたちからは一緒に遊びたいほど好かれていた。

地理の授業中に、窓の外を見ていたら、名前を呼ばれた。黒板に〇のような図形が書いてある。「これ何」ときかれて、「四国」と答えたら「不思議な子だね、今あっち向いていたじゃない」とわざとびっくりした顔をした。「だって声は聞こえた」と答えたら、さらに驚いた表情をした。

バス遠足の日、バスの後部座席で何曲も歌う女生徒たちがいた。教室では静かな子たちだが、その日は生き生きとして次はこれを歌おうと三田明や舟木一夫の歌を何回も歌っていた。しばらくして先生が驚いて振り向いたが、その顔はうれしそうだった。

半世紀以上の時を経て、やさしかった金子明先生の思い出を記す。



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