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川上先生の思い出

オルゴール
卒業の日が近づいたある日の始業前、わたしたち数人は、職員室に押しかけた。担任の川上先生が何だろうという顔をした。みんなで「先生、すぐに来て下さい」と言った。

教室で、オルゴールの入った箱を先生に渡した。「花嫁人形」の曲が流れるものだった。先生はびっくりしたような顔を一瞬したが、すぐに笑顔に変わった。そしてお話を始められた。

「すぐに来て下さいと言うものだから、誰かがケンカしたか、何かあったのかと思いました。こんなステキな贈り物をありがとう。大切にします」

オルゴールは昨日、何人かのお母さんたちと買ってきたものだ。「花嫁人形」の曲が選ばれた。「花嫁人形」の歌知ってる?と聞かれたが、知らなかった。だから、一層印象に残った。花嫁人形の歌を聞くと今でも川上先生へのオルゴールを思い出す。

厳しさの中に優しさがあふれた女の先生だった。卒業式には、青空に澄みたる富士を〜が流れて、小学校を卒業した。

シャーベット
中学生になった初夏、小学校のクラスメイト数人と下校した。小学校の前を通りかかると自然と足が校庭に向いていた。校舎を見ると2階の教室に川上先生の仕事をしている姿が見えた。あっ!川上先生だと叫ぶや、わたしたちは、急に走りだした。そして、先生のいる教室に入っていた。先生が驚いたような顔をして、わたしたちを見ていた。誰かが「先生がガラス窓から見えたから来た」と言った。先生が何を話されたか覚えていない。ただ冷たいものを買ってこない?何が良い?と尋ねられたので、シャーベットと答えた。そうねシャーベットがいいわと、わたしたちに買いに行かせた。

今でもガラス窓に映る先生、そこにかけ寄る子どもたち、そして先生と食べたシャーベットの爽やかな味の思い出が蘇る。

先生からのハガキ
最近古いハガキを整理している。その中から、川上先生からのハガキが何枚か見つかった。

高校三年の時には、大学受験を気づかって、こんな年始のハガキを下さった。

「お体の工合は?好調ですか?多難な前途が待ち受けているでしょう。こうしなさいとお答えすることができない難しい問題が続々とでてきますでしょう。自分で切り拓くより方法はありません。どうぞ、いつの時も、いつの時も、あなたの考えでぶつかっていってください」

別のハガキには「あなたが今、何をなさったらよいか、よくお考えになって、お進み下さいますよう」とある。

今読み返すと、単なる激励でない、先生らしい厳しさの中に深い思いやりが感じられる。

先生からの数枚のハガキの中には、父が病気で倒れたときの気遣いや、わたしへの温かい導きの言葉などがある。まさに珠玉の言葉だ。

長年、墨田区立梅若小学校や言問小学校の校長を務められていたが、昭和54年春に退任したときに挨拶状を頂いた。そこに「お嫁さん候補は?もうそろそろでしょうね」という微笑ましい文言が添えられていた。わたしは就職して、平穏な日々を送っていた。母は、常々千葉女子師範を出られた立派な先生だと敬意を込めて話していた。

それから45年以上が立つ。先生にはもうお会いできないだろう。わたしは、天を仰ぎ、師を仰いでいる。

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