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陣痛で運ばれた娘との出会い

午後1時頃さいたま市の娘から電話がかかってきた。普段はメールなので、電話の呼び出しには異変を感じる。どうしたのと言うと、「陣痛でタクシーを呼んでほしい。タクシーがつながらない。東大病院に電話したら即来るように言っている」と話す声も苦しそうだ。予定日より三週間も早い。

登録してあるマタニティタクシーの陣痛対応に電話する。娘の住所、埼玉県さいたま市・・・を伝え、「すぐタクシーをまわして」と頼む。電話口では、登録情報を調べているようだ。先方が「東京都江戸川区で登録されているようです」と言うので、「だからさっきから、さいたま市の住所を言ってるのだ」と、こちらも少し苛立ってきた。人間はやはり異常時には冷静ではいられないものだ。「さいたま市にタクシーをまわしてくれ」と言うと、「埼玉県は管轄外です」と言う。早く言えよと言いたくなるが、そこは気を持ち直して、分かりましたと電話を切る。

さて、次の方法を探らねばならない。地元のタクシー会社に電話すると、営業地域外ですとつながらない。タクシーは、営業地域内から電話しないと営業所につながらないのかと初めて知る。利用する本人と同居する家族しか呼べないのか。

側にいる妻が「救急車」と言っている。確かに緊急時だ、急患だ、救急車を呼ぼう。119に電話、東京消防庁にかかる。「さいたま市の娘が陣痛で救急車をお願いします」と言うと、「管轄外なので、さいたま市消防署に転送するから、そこから電話がかかるのを待ってください」と言う。東京都とさいたま市と管轄が違うのは成程である。この辺の対応は、さすが迅速だ。

娘から電話があり、近くに住む親戚に電話してくれと言う。そうだ姉が近くに居たと、電話すると幸い義兄が在宅で話すことができた。訳を言い、タクシーを頼んでもらうようにお願いする。

妻は、「今、救急車を頼んでいるから、頑張ってね」と電話で励ましている。

すると、さいたま市消防署から電話がかかり、娘の名前と住所を伝えると、さっき伯父さんからも救急車依頼があったと言う。どうやら義兄も救急車を頼んでくれたようだ。ありがたい。ひと安心だが、あとは東大病院に救急車が県を越えて行ってくれるかが気がかりだ。救急隊は東大病院に連絡して、受け入れ可能を確認したようだ。私たちは、本人が東大に電話してすぐ来るようにと言われているし、予定よりかなり早い陣痛だし、東大病院以外にないという気持ちだった。

救急車のそばにいる義兄に連絡すると、調整に時間がかかったが、東大病院に行くとのこと。ひと安心。さあ、われわれも東大病院に行こう。

職場にいる婿さん(A君)に電話すると、すでに陣痛のことは知っていた。東大病院救急入口で会おうと言い、それぞれ向かった。

丸の内線の本郷三丁目で下車して、三丁目の交差点へと妻と歩いていると、後ろからA君が追いついてきた。春日通りと本郷通りを渡り、元富士町の前を通り、龍岡門から東大構内に入り、並木の下を歩いていたら、救急車のサイレンの音がする。妻が「Mだ」と娘の名前を叫ぶ。東大病院近くで近づいて来た救急車の文字を見ると「さいたま市消防局」とある。「娘が乗っている」と、追い越して行った救急車を追いかける。救急入口に着くと、救急車が停まっていて、今、救命士が出てきたところだ。先ずお礼を言う。救命士は「だんなさんが来たよ」と娘に話しかけている。ストレッチャーに乗った娘が車から現れ、少しホッとした顔をしている。娘はA君と共に救急入口から病院の中へと消えて行った。

妻が「(娘が)ホッとした顔をしたね」と言った。そして、私たちは、本郷でA君と会え、病院の救急入口で救急車に乗った娘にも会えた幸運を語り合った。全然違う場所にいた三人が約束なき時刻に同時に会えたことは幸運以外の何物でもないのだから。

それから、私は、保育園にいる長男を迎えにさいたま市まで行った。夕方に、帝王切開で無事にふたり目の男子が生まれたことをA君からのメールで知った。
「ママに赤ちゃんが生まれたよ。お兄ちゃんになったんだよ」と5歳になったY君に言った。


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