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トビウオが飛んでいた

船旅をすると海洋上でいろいろな生き物に出会うだろう。イルカが船側を泳ぐ光景が見られるかも知れない。海上を眺めるだけでも、船旅は楽しい。ひとりの若者は、私はサークル活動には参加しないで、ひとりで好きなだけ海を見ていたいと言っていた。それを聞いて、本当に船が好きなのだという若者の心情が伝わってきた。船客との交流を深めることも船旅の良さかも知れないが、それは地上でもできると言えばできる。しかし、水平線に囲まれた光景は、海上でなければ眺められない。私も、時間のあるときはなるべく(と言っても、食事と睡眠以外に何もやることはないのだが)海を見ることにしていた。

ある日、イルカを見たと言う人がいた。船側をイルカが泳いでいたそうだ。あわてて、デッキに出て、真下の海を見たが、何もいなかった。また、鯨の潮吹きを見たと言う人の話し声を耳にした。私たち夫婦は、運が悪いのか、そういう幸運を掴むことができないでいた。同じ船上にいても、それぞれ人の体験は違うのだろう。

インド洋を南下し、南アフリカに着く前日の朝、右舷先方に光る物を見た。それはトビウオの大群をだった。

飛ぶには、羽ばたくというイメージとジャンプするというイメージがある。この飛ぶのうち、トビウオに抱いていたイメージは、ピョンピョンと飛ぶというもので、ちょうど、水面から飛び出すイルカのジャンプのようにトビウオは飛ぶと思っていた。しかし、実際に海洋上で見たトビウオの姿は、全く異なるものだった。トビウオは、大きな胸ビレをバタバタと羽ばたかせて、まさに鳥のように飛んでいた。飛行距離は単なるジャンプを超えていて、空中の滞空時間は長く感じられた。しかも、その羽のようなヒレは、陽光を浴びてキラキラと輝き美しかった。

船旅では、こんなこともあった。ペルーを出港して数日後に、黒灰色の小鳥がデッキにうずくまり、強風に羽を震わせていた。渡り鳥らしい。翌朝、その場所に行ってみたら、糞を残して姿はなかった。回復して、飛んで行ったのだろうと安堵した。こんな大洋の真ん中に鳥が飛んでくる生命の神秘を感じた。

大洋を航海していると大船に乗っているとはいえ心細くなることがある。乗客たちは、デッキから鳥が飛び立っていったと感嘆をもって話していた。海上を鳥が飛んでいると、陸地が近いのだろうと安心感を覚える。鳩がオリーブの枝を加えてノアの方舟に帰ってきた話が真実味を帯びてくるのもこんなときである。海は、広くて心細い。

【タイトル写真 : 左の白いのがトビウオ】


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