幸運の紅白饅頭
ひと仕事の合間にMさんが「紅白饅頭が大好きなの」と言う。聞いた皆が紅白の縁起物に惹かれ、「食べてみたい、和菓子屋に行ったら買えるかな、明日の昼休みに買いに行ってきましょう」ということになった。Mさんの言葉がにわかに現実味を帯びてきた。
翌日、赤坂の塩野の暖簾をくぐった。店頭を見渡すが、紅白饅頭は無さそうだ。
「あの、紅白饅頭はありますか?」
か細い声で聞いてみた。
「ちょうど慶事用に注文が入りまして、ご入り用なら、一緒にお作りしますが」と店員さんの言葉。
----そうか、紅白饅頭は、お目出度い時に注文を受けて作るものなのか。結婚式の引き出物でもない限り、食べられない貴重なものなのだな----と、早速、乗ることにする。
「すみません。では、二箱作って下さい」と注文した。一箱に紅白饅頭が一個ずつ入っている。おめでたい紅白饅頭が手に入るとは、ラッキーな日だ。
数日後、塩野で受け取った紅白饅頭を食べやすい大きさに切って、皆で頬張った。「お目出度が入ってラッキーだったね。これは幸運のお饅頭だ」と同じ話が繰り返えされた。
紅白饅頭にしろ、不祝儀の饅頭にしろ、毎日作るものではないので、今日食べたいからと思っても食べられるものでない。注文するにもある程度まとまった数が要るだろうから、一個二個を食べるには、結婚式か葬儀でしか手に入る機会はない。しかも引き出物にある確約はできないのだ。だから、あの塩野の紅白饅頭があのタイミングで食べられたのは、幸運だったなあ、と今でも思う。