仲間とともに歩んでいく
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執筆者 かたつむり
思いがけない妊娠と葛藤
「妊娠してるね」
内診室でこう告げられた時の感情はあまり記憶にない。覚えているのは診察室に移動して、医師と向かい合った時のことから。
伝えられた出産予定日は、決定していた進学先の新学期が始まる月だった。このタイミングでの出産は無理だ。こう思い尋ねた手術の費用は高額だった。机の上にぽつんと置かれたエコ―写真はまっすぐ見られず、小さく折ってバッグに入れた。
病院を出ると冷たい雨が降っていた。家に帰る気には到底なれない。車を走らせショッピングセンターの屋上駐車場に入った。どれほどの間、冷え切った車内にいただろう。車の屋根を叩く雨音が激しくなってきた頃、病院に電話をかけた。手術を受ける意志を伝えると、事前検査があると言われ、私は翌日再び病院を訪れた。
手術に必要なお金を銀行口座から引き出し、指定された持ち物を揃えると、いよいよ手術を待つのみとなった。2週間、同居する母に悟られず平気な顔をして過ごそう。そう思っていたのに、できなかった。
「妊娠したの」
母は、成人した娘の泣き崩れる姿、そしてこの告白にぎょっとしたに違いない。それなのに言ってくれた。
「産めばいいでしょ」
驚いて顔を上げると母も泣いていた。母の涙を見たのは10年ぶりだったと思う。
母はこう言ってくれたものの、私は悩み続けた。産むことと産まないこと、それぞれの未来を想像し、進学を諦めることで失うものを数えた。心は何度も揺らぎ、そのたびにノートに感情や思考を書き連ねた。
迷いでいっぱいのそのノートは、今でも開くと動悸がする。
そして妊娠がわかってから1か月。私は再び病院へ行った。待合室で座っていると、恐怖や不安、様々な感情が溢れ出し、涙が止まらなくなった。泣きながら診察室に入り、出産する意向を伝えた時、医師は心配そうにしていた。
シスターフッドとの出会い
なかったことにならないかな。妊娠期間中は現実を受け入れられず、こんなことばかり考えていた。だけど私のお腹はだんだん大きくなっていき、そして子どもが産まれた。
出産翌日、病室にやって来た赤ちゃんは片手で抱けるほど小さくて、でもこんなに大きなものがお腹に入っていたのだと驚いた。
退院してからは、初めてのことの連続だった。授乳、沐浴、おむつ替え。お腹を切った後の身体で昼夜問わず泣き続ける新生児を世話することはなかなかハードで、一日はあっという間に過ぎていく。趣味でつけていた読書記録は産後、一度も更新されていない。
そんな怒涛の日々を過ごすこと1か月。私はタオルケットを頭からかぶり、小さな画面の中に助けを求めていた。「産後 気分の落ち込み」や「ひどい肩こり」、「シングルマザー つらい」。こうした言葉を検索にかけ、情報過多なネットの世界をさまよっていると、シングルマザーズシスターフッドという団体を見つけた。
サイトには「オンラインのセルフケア講座」の文字。スポーツを大の苦手とする私が、ストレッチをするプログラムに自ら申し込むなんて、今となっては信じられない。だけど、その時の私はとにかく何かにすがりたかった。誰かに助けてほしかった。
セルフケア講座当日。やや緊張しながらオンライン会議システムのリンクをクリックすると、全国各地のシングルマザーがそこにいた。産後初めて、シングルマザーと繋がった瞬間だった。
パソコンの中の講師に倣い、上半身からほぐしていくと、首の座らない子どもを抱き続け、針で刺されるような痛みを持った肩が心地よく伸びていく。マタニティヨガは早々に諦めてしまった私でも、最後まで講座についていけた。
ストレッチの後は会話の時間。住む場所が違えば子どもの年齢も違う。シングルマザーになった経緯だってきっと同じではないだろう。そんな彼女と言葉を交わした。彼女は始終、にこやかだった。
なんだ、参加する前の緊張は杞憂に終わった。こんな風に思いながらパソコンをシャットダウンすると、黒くなったモニターに私が映った。
笑っていた。
自分の笑顔を見たのは久々だったように思う。
仲間と一緒に一歩ずつ
こうして私はシングルマザーズシスターフッドの活動に繋がりを持てた。グループリフレクションで出会った仲間は進路変更した私の将来を励ましてくれて、エッセイを書く同志は画面越しの私の子どもに絵本を読み聞かせてくれた。
直接会ったことのあるメンバーは一人もいないのに、強い連帯を感じている。弱気になった時に思い出す、同じ空の下で奮闘している彼女の存在は、私を鼓舞してくれる。
シングルマザーズシスターフッドに出会った時は首の座っていなかった子どももキョロキョロと辺りを見回すようになり、時に声を上げて笑うようになった。毎朝短い腕をうんと伸ばして目を覚ます姿は愛らしい。
これから私たち親子はたくさんの試練にぶつかるだろう。だけど、きっと大丈夫。仲間と一緒なら乗り越えていける。今日も明日も明後日も、一歩ずつ前に進んでいこう。