わたしがわたしに期待すること
執筆者:Kさん
1 お金のことを考えると頭にもやがかかる
「いったいわたしはいくら欲しいのだろう。」
希望する給与の額もはっきり言えない自分に愕然とした。
もちろん最低限必要な生活コストはなんとなくわかる。家賃はいくらで、光熱費は毎月だいたいこのぐらいで、給料日前はスーパーになるべく行かず、買い置きしたものを食べるというパターン。
けれども、子どもたちの卒業や入学が重なった年は制服や運動靴、文房具などの出費もかさむ。また長女は地方の高校に進学するために引っ越しをしたこともあり、まとまった金額の出費が続いた年から、お金にたいする感覚がだんだん鈍りはじめた。
貯金を取り崩したり、学校の諸経費や光熱費の支払をできるかぎり先延ばしにしたり、カードでちょこちょこ借りはじめるようになった。自分でも毎月いくらのお金がはいっていて、いくら出ていってるのかもわからなくなっていた。家賃も知らず知らず滞納していた。
頭のなかにももやがかかったような感覚。
毎月送られてくる給料明細の「差引支給額」に書かれている数字はいつ見ても変動はなく、ただの紙きれでしかなかった。
その後、たまたま業績賞与が重なり、借り入れていたお金も、滞納していた家賃も払うことができた。いくら入ろうが、私の財布も心も乾いたままだった。そして、頭の中のもやもやも消えることはなかった。
2 自分の価値とあるべき対価がわからない
そのころ、所属している組織で、給与の考え方を全体的に変えていこうという議論が湧きおこり、年一回実施される上司とのキャリア相談の場で、参考までに欲しい給与を聞かれる場面があった。どのぐらいと言えば正解なのかがわからなくて、「これまで通りで」と答えたようにおもう。
ほんとうは毎月の生活費が十分に賄え、たまには旅行に行ったり、自己啓発につかうお金もほしいという気持ちも、心のどこかにあったようにおもう。が、そもそも、いま自分がもらっている給与が正当なものなのか、会社全体で今どのぐらいの利益がでていて、その利益に自分はどの程度貢献できたのか、自分はどれだけの価値を生み出せているのかもわからなかった。
純粋に「いくらほしい?」と問われても、相手の期待から外れないようにあえて下手にでたり、自分を過小評価するのは、わたしの悪い癖だ。たぶん人に自慢ができるような学歴や立派な職歴がないことも大きく影響しているんだとおもう。
3 娘に触発され、お金のことに向き合おうとおもった
高校を卒業後、大学進学はせず、中小企業に就職した長女が、あるとき自分の給与の安さに文句を言っていた。誰も行きたがらない海外の子会社への出向。業務範囲も、責任範囲も大きいポストについたにもかかわらず、ほとんど給与が変わらなかった。そこで娘は上司に「給与をあげてくれ」と、正々堂々と意見をしていた。社会人3年目の弱冠ハタチの発言とはとうてい思えない。立派すぎる…。(ほんとうにわたしの子なのだろうか・笑)
結果は「実績を出してからじゃないと無理」という理由で、すぐの昇給にはつながらなかった。しかし、娘は不満をただ愚痴るのではなく「意見」として上司にしっかり伝えることができた。これはすごいことだとおもう。
「いったいわたしはいくら欲しいのだろう。」恥ずかしながらそれはいまだにわからない。けれども、ちゃんと向き合わないといけないことだけははっきりと自覚した。
今日のマネーリテラシー講座にでて、いちばん確実な投資は「自分自身」だと聞いた。
たしかに、為替や景気はコントロールできないけど、わたしがわたしである以上、裏切ることはない。この先、社会がどんなに変わっても、わたしはわたしだ。
今日からできることがあるとすれば、どんな瞬間においても「価値」のある自分をつくっていくこと。まずは、自分には、そのチカラがあると期待することからはじめたいとおもう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。このエッセイは、NPO法人シングルマザーズシスターフッドの寄付月間キャンペーンのために、シングルマザーのKさんが執筆しました。
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