物語『マルチバースの世界』

題名
『マルチバースの世界』

(裏テーマ・恋物語)

【約1965文字】


「なんで?」

「ごめん、でも、あと3ヶ月くらいらしい」

「じゃ、一緒にクリスマスは楽しめないの?」

「うん」

 そのあと彼女は、泣いた。

 

 僕の余命はあと90日くらい。何も治療をしなければそれくらいらしい。それを病院で聞いた時は驚くほど冷静だった。
 理解しても実感は無かった。

 でも恋人である彼女に話し、あんなふうに泣かれると現実なんだなぁ〜って思って胸が苦しくなった。

 やっぱり大好きな人と別れるのは辛い。

 大切な家族と会えなくなるのも辛い。

 まして、この意識が消えて戻って来れないのは恐怖でしかない。


 僕は子供の頃から眠るのが怖かった。意識が途絶えるのが怖かったんだ。それは死…だから。

 

 そう、人は約3万回の死の練習をするように眠り、やがて本番を迎える。なのに僕はまだ1万回も練習してない。

 

 そんな時だ。

 ある日、病院の待合室で変な老人に会った。

 病院の診察室の前のベンチで偶然、隣同士に座っただけだけど、話しかけられて、診察後に一緒に喫茶店に行くことになった。
 それは診察を待っている間に老人からこんなことを言われたからだ。


「マルチバースを知っていますか」
 最初にそう聞かれたんだ。
「多元宇宙論?ですか」

「あなたは、マルチバースを信じますか」

 優しい目を少し見開いて、僕の目を覗き込むようにして真剣に、ゆっくりと低い声でそう言ったんだ。

「スパイダーマンとかの映画は観たことあるけれど、信じると言うより信じたい…かな」

 そう答えたら、

「興味があるならこのあと、ついてきてください」

 だから、診察後も老人の診察が終わるのを待って、一緒に喫茶店に行ったんだ。


 老人が僕を誘う理由がわからなかったし、宗教とか詐欺とか認知症もありえたけれど、僕は直感的に信じてしまった。どうせ死ぬ運命なんだから怖いものも守るものもなかった、彼女以外は。


 理論物理学の世界ではマルチバースは必然になりつつあるんだって言うんだ。つまり宇宙がいっぱい存在しているって。天動説が地動説に変わったように未来では常識が変わる事になると言う。1つだけの世界、この世界がすべてと思っている空間が他にもあるとしたら行きたくないかって聞いてきた。
 別の宇宙の自分は病気では無いかもしれない。そうすれば、その宇宙では死なないで生きられる。
 あるいは、ある宇宙では医学が進んでいて治療が可能かもしれない。
 似たような宇宙が想像できるが完全に同じなら多元の意味もないから、そこに何かの意味があるはずで、それを探って欲しいと言われた。分かったら秘密の方法で報告して欲しいとも言われた。
 それが、今回の真のミッションで、僕をマルチバースの世界に行かせる理由だとも言っていた。

 この世界なら死ぬ運命が、変わる可能性もある。
 馬鹿げた話だけど、僕は興味を持ってしまった。

 そう、そして老人は、そのマルチバースの世界へ行く方法を、知っていると言うんだ。

 僕に話しかけたのは、僕が死ぬことを知っていたからだ。

 老人は自分のことを予言者だと言った。未来が見えるんだと。

 そして、その能力を使って、ある大国の秘密の研究機関があるらしいんだけど、その組織の仲間と協力して一緒に多元宇宙の存在について調べていると言う。

 それが、マルチバースの世界。
 多元宇宙の世界。

 マルチバースを研究している組織の学者から、実験に参加してくれる冒険者を紹介してくれと頼まれてもいるらしい。

 違う世界へ行けても時間や空間は未知で安定してないかもしれないから、僕たちが生きているこの場所には、今の世界には戻れない可能性が高いとも言うんだ。
 たくさんの宇宙から、この宇宙って指定して移動するのは困難だと言うことのようだ。
 でも、戻れても死ぬだけだ。


「僕と一緒にマルチバースの世界に行って下さい、結婚して下さい」

 そう彼女にプロポーズしたいとも思った。

 マルチバース、たくさんの宇宙をめぐる旅になるかもしれない二人の「恋物語」だ。

 彼女となら幸せだ。


 そう思ったけれど。


 彼女はあれから、すぐに別の彼氏を作っていた。

 すぐに死ぬ彼氏に寄り添って介護なんて、私には耐えられないと言われて振られた。


 だから、僕は両親を高級なお寿司屋さんに連れてゆき、孝行してから旅立つつもりだ。


 マルチバースの世界へ。

 生きるために。

 そして、新しい「恋物語」を探して。笑


 僕が体験した冒険は小説にして、どこか別の宇宙から公開出来たらいいな?と思っています。

 そう、秘密の報告方法とは、マルチバースの世界を冒険小説にして出版すること。それは違う宇宙にも繋がる可能性が高く、この世界にも届くと言うんだ。

 離れるけれど、繋がっている。
 
 それだけでいい。


「行ってきます!」




【終わり】





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