【エッセイ】雪の朝の独り言
宮城県内は昨夜から今朝まで雪が降り続いていた。
我が家のある地域は、幸いにして「平地でも20センチの積雪」という昨夜からの天気予報で覚悟していたほどの積雪ではなかった。とはいえ、たっぷり10センチ以上の積雪である。くるぶしまで埋まるほどの雪は、こちらでは珍しい。
自宅から私の職場と夫の職場までの通勤経路はそれぞれ全く別方向なのだが、通勤に車で30分以上かかるのは同じである。雪道となればなおのこと。今日はいつもより早めに目覚まし時計のタイマーをかけておいた。互いの車の雪を落とし、気を付けてねと声を掛け合いながら家を出たのは、いつもより30分以上早い時間だった。
会社に着くと同時に、今度は社有車の雪おろしと駐車場の雪かきである。
この街の雪は、私が生まれ育った北海道のさらさらのパウダースノーとは違う。東北ならではの湿った雪の重さに疲労困憊する一日の始まりとなった。
でも、事前に誰から指示されたわけでもないのに、今朝は職場の誰もが皆、いつもより早く出社してきていた。
分担して手際よく雪を片付けてゆくのも、特に打合せなど無く。
おかげで、始業時刻前に我が職場の雪かきは終わっていた。
前職でも、こうだったなぁ。
ふと、北海道にいた頃の雪の朝を思い出した。
私が北海道にいた頃に勤めていたのは、インフラ系の企業だった。札幌の本社に勤務していた時は地下鉄駅からも近くロードヒーティングもあるビルだったので除雪とは無縁だったが、従業員50名程の支店に勤務していた際は、大雪の際には早めに会社に向かうのが当たり前になっていた。誰かの指示など受けずとも。
現在の上下水道工事の会社もそうだが、前職もまた、災害復旧と隣り合わせの仕事である。
要請があったらすぐに現場に向かえるように、いつも準備しておく。
それが日常であり、そんな仕事に就いているという責任感があるからか、長く働く者は皆、自分で考えて行動するのが当たり前になっているのかもしれない。
そんなことを、ふと思った。
働き方改革、大事。
プライベート、大切。
働く場所も時間も自由に出来る職場こそが現代の最先端。
フルリモートワークこそが職場の理想型。
今は、そう思う人が多い時代なのだろう。
それゆえの、インフラ業界の人手不足であり、一次産業の後継者不足。
そう考えれば、全て辻褄が合う。
それでも。
あくまで個人的な心情として、仕事に自由を求めるあまり「仕事に対する責任感」や「他者への気遣い」といったものまでが全部、人間の働く場所から排除される世の中になってしまうのは、イヤだなぁ、と私は思う。
イヤだなぁ、というより、怖いな、の方が正確かもしれない。
電気も、水も、食べ物も、今あるものは全部、当たり前なんかじゃない。
もちろん、すべての職場で、すべての働く人に、いつも仕事への責任感を持てとまでは思わない。人それぞれいろんな立場があり、環境があり、それゆえの思いや価値観がある筈。
だからこそ。
責任感を持って働いている人を批判したり、まして、責任感なしには働けないような職種の人達を揶揄するのは、やめて欲しいなぁ、と思う。
ここで書いても、揶揄している人達には決して伝わらないのだろうけれど。
私は、自分の仕事を批判したり揶揄したり中傷してくる人達の暮らしをも見えないところで黙々と支え続けるような人たちをカッコいいと思う。
自分自身も、そちら側の人間でいたいと思う。
見えないところで暮らしを支え続けてくれている人達に心の中でありがとうと呟きながら、私は今日も、私の仕事をしようと思う。
責任を持って。
自分自身に対して、恥ずかしくないように。