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お盆の帰省と、義母の大葉

 お盆休みの始まりの三連休、宮城県石巻市には台風直撃との予報が出ていた。
 帰省していた夫と私は、この予報を受け予定変更して石巻の義実家を後にした。

 台風が過ぎた、8月15日。
 その日、一般企業に勤める夫は暦どおり出勤だった。けれど、私の勤務先は建設業界。地獄の釜の蓋が開いている間は危ないので休むという昔からの習わしか、毎年お盆のこの時期、仕事は完全に休みである。
 先日の台風による大雨が嘘のように、天気は快晴だった。
 夕方からはまた雨の予報も出ていたが、日中の天気は穏やかなようである。 
 その前日、私は買い物に出かけた際に立ち寄った近所の書店で、先日の帰省の際に義母が読みたいと言っていた佐藤愛子さんのエッセイ本を見つけて買い求めていた。来月の帰省の際に持っていこうと思って買ったのだが、自分自身に置き換えて考えれば、本は興味を持ったその時にすぐ読みたい。
 本を手土産代わりに、私は石巻に向かうことにした。
 家を出る前に電話しようかとも思ったが、帰省のたびに、義母は何かと手土産を持たせてくれる。それはとてもありがたいのだが、毎回となると心苦しい。まして、今回はつい数日前にも帰省したばかりで、その時にもたくさん魚や野菜などいただいている。
 今回も、早めに電話すれば、茶菓子だのお土産だのと何かと気を遣わせてしまうだろう。連絡は義実家の近くまで行ってからにしようと思い直し、車を走らせること1時間。石巻市内に入り、義実家近くのスーパーに着いたところで、私は義母に電話をかけた。

 「近くに来てるんですけど、ちょっとだけ寄っても良いですか?」
 「あらホント?!」
 嬉しそうな義母の声に安心する。
 「この前お義母さんが読みたいって話してた本、見つけたので持っていきます。あと、お昼って何か用意してますか?まだだったら、焼きそばでも作りますか?材料、買っていきますよ。」
 茶色い蒸し麺と魚介だしで作る石巻焼きそばは、義母の大好物のひとつである。
 「嬉しい!野菜はあるから!」
 「じゃあ、麺とお肉だけ買っていきますね!」

 スーパーで石巻焼きそば用の麺と豚肉、そしてお供え用の福島県産の桃をひと箱買い求め、義実家に着いたのはお昼前だった。義実家には、お盆のお参りに義父の姪(夫の従姉妹)も来ていた。つい30分ほど前までは、市内に住む別の従姉妹もお参りに来ていたという。
 そうだ。日頃はなかなか会えない親族が集まるのがお盆とお正月だったなぁと、幼い頃の記憶がよみがえってくる。

 義父の仏壇にお線香をあげ、買ってきたばかりの桃を仏前に供えると

 「おとうさんも、桃好きだったんだぁ」

と、義母がしみじみと言う。
 買い求めた福島県産の大きな桃は「まどか」という品種だった。すでに食べ頃を迎えており、甘い香りが漂っている。まずは1個味見してみようと義母が切ってくれたその桃は、中まで皮と同じ鮮やかな桃色で、果汁たっぷりの実が甘く美味しかった。

 「これ面白い。この人、私とおんなじようなこと考えてる。」

 桃を食べ終えた後。従姉妹が帰り、私が義母と二人分の昼食の支度をしている間ずっと、義母は私が持って行った本を楽しそうに読んでいた。
 買って行ったのは、先日映画化もされた『九十歳。何がめでたい』である。義母はテレビで映画の宣伝を見て、興味を持ったのだという。
 佐藤愛子さんのエッセイの魅力はもちろんだが、御年83歳で読書を楽しむ義母を見ていると、素直にすごいと思う。
 私は年齢を重ねた時に、こんなふうに読書を楽しめるだろうか。
 過去に好きだったものを反芻するだけでなく、あちこちにアンテナを張りながら未読の作家や書籍に興味を広げてゆけるだろうか。
 視力や体力の衰えは避けられずとも、興味を持ち続ける気持ちだけは、衰えさせたくないなぁ。そんなことを、ふと思う。

 
 豚肉と、ご近所さんからいただいた野菜をたっぷり入れた石巻焼きそばを二人で食べた後、石巻を出たのは、午後1時過ぎだった。

 「せっかく来てもらったのに、なんもお土産に渡せるもの無い」

 義母が、しょんぼりと言う。

 「いつもいただいてますから」

 そう、今回はお土産など気を遣わせたくなくて、わざと突然の訪問にしたのだ。
 とはいえ、あまりに寂しそうな義母の様子に、なんだか自分がとても悪いことをしてしまったのでないかというような、申し訳ない気持ちになってくる。
 その時、ふと目に入ったのが、義母が丹精込めて育てている家庭菜園の一番奥に生い茂っている大葉だった。

 「・・・おかあさん、大葉、少しいただいてもいいですか?」

 ホヤ大好き夫婦の我が家。ホヤと相性抜群の大葉は、ホヤが旬のこの時期、いくらあっても余ることが無いありがたい薬味である。

 「え?大葉?あれ食べるかい?」
 「食べます!大好物です!!」

 私の言葉に、義母が驚いた表情になる。

 「あれ植えたんだけど、増えて増えて食べきれないの。たまに何枚か取って食べるけど、おがったら(=育ったら、の意)固くなって食べられなくなるし。食べるかい?」
 「欲しいです!大きくなったのも、天ぷらとかお弁当の卵焼きに入れて食べてます!」
 「あらー!良かったー!!!」


 その日の帰り道、私の車の中は、大きな袋いっぱいの大葉の香りで満たされていた。


 以来、我が家は大葉天国が続いている。

翌日のお昼 舞茸と鶏肉と大葉のペペロンチーノ
日曜の朝食 白石温麺にひきわり納豆とネギと炒り胡麻、そして大葉をたっぷりトッピング
お弁当の卵焼きも大葉入り


 「大葉、美味ぇな」

 毎日、大葉をもりもり食べながら夫が言う。

 「お義母さんのだよ」
 「美味ぇな」
 「美味しいね」

 次に帰省した時には、この会話を義母に伝えたいと思う。


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