過去を共有していなくても、今、ここにいられてよかったと思う
7月21日。
DDTプロレスリングの両国国技館大会が開催された。
夫婦そろってプロレスファン。昨年11月に開催されたDDT両国大会には夫婦で足を運んだのだが、今回は諸事情により残念ながら現地観戦は断念せざるを得なかった。ならばレッスルユニバースでの完全生中継をリアルタイムで見ようと話していたのだが、こちらも所用で朝から石巻に出かけたため、帰宅したのは試合開始後。
急いでPCを開くと、ちょうど第5試合が始まるところだった。
夫婦で画面にくぎ付けになった。
今回の大会、この第5試合をもって、髙木三四郎選手が無期限休養に入ることが告知されていた。
休養前の最後の対戦相手は、男色ディーノ選手。
試合形式は、「ウェポンランブル」。
ウェポン=weapon
ランブル=rumble
Wikipediaにすら掲載されていないこの試合形式は、しかしながらDDTでは数々の名勝負が展開されてきた歴史あるもの。その形式は、試合開始後、一定時間ごとに両選手が用意したウェポン=公認凶器が次々と投入されるというものである。
しかし、この「凶器」は、物とは限らない。
もちろんあくまでプロレスの試合なので、対戦相手に肉体的ダメージを与える武器・凶器を持ち込むことも可能で、実際そういったモノとしての凶器も投入される。しかし、髙木三四郎選手vs男色ディーノ選手の試合の場合、一番最後に導入される「凶器」は、相手にとって精神的ダメージを与える存在だったりするのがこの試合形式の面白さ。実際、2017年8月に行われた試合では、髙木三四郎選手からの凶器として男色ディーノ選手のお母様が、男色ディーノ選手からの凶器として髙木選手の奥様が投入された。
「俺、今回は髙木さんの娘さんが出てくる気がするんだよなぁ・・・」
DDTという団体が出来た当時からずっと応援している夫が、感慨深げに画面を見ながら言う。
夫の影響でDDTを観戦するようになった私も、つい先日YouTubeで見たばかりの2017年8月の試合の印象が強いので、今回もご親族が出てくるのかなぁなどと思いつつ試合を見ていた。
けれど、この日繰り広げられたのは、そんな予想を吹き飛ばす試合だった。
ディーノ選手からのウェポンとして登場したヨシヒコ選手の横にいるマッスル坂井選手の坊主頭に爆笑し(この試合から見たので第三試合の展開を知らなかった。後追い配信で見てさらに爆笑。)
髙木選手からのウェポンでドラマティックドリーム号が登場した時は、やっぱり高木さんといえばこれだよな、とちょっと涙腺がゆるみかけたものの、でもなんで私は自転車がリングに上がることに感動してるんだろうと思ったりもしつつ(ちなみに過去のDDTの試合では重機も登場している。操縦資格を持つ坂口さんが引退した今、誰か資格取ってくれないかな。)
続くディーノ選手からの凶器として「髙木三四郎引退セレモニー」が持ち込まれた時点で、これは笑っていいのかマジで泣く展開になってしまうのかと一瞬困惑したものの、花束贈呈で登場した赤井沙希さんと松井レフェリーのやり取りに腹がよじれるほど笑い
(切磋琢磨のキリマンジャロはズルい。赤井さん、マジで女優だ。)
髙木選手からの凶器として登場したポイズン澤田JULIE選手とMIKAMI選手を見ながら夫が語ってくれるDDTの歴史にしんみりしかけたものの、でもリング上はハチャメチャで
ディーノ選手からの3番目の凶器として登場した東京女子プロレスの選手たちには、そうだよな、この選手たちも髙木選手がスカウトしたから今があるんだよな、とちょっと涙腺が緩みかけたものの、その後の東京女子の甲田代表とDDTの今林GMとのお約束のやりとりでやっぱり大笑いし
髙木選手からの凶器として「ゴールデンなスター」「AEW所属」と大々的にアナウンスされて、誰が出てくるかと思ったら全身金色の中澤マイケル選手でめちゃくちゃ笑い
その、後。
「ゴールデン☆スター」
「AEW所属」
誰?
いや、まさかね。無いよね。
でも、そのまさかだった。
男色ディーノ選手から髙木三四郎選手への最後の凶器として登場したのは、現AEW所属の飯伏幸太選手だった。
飯伏幸太選手がプロレスデビューしたのは2004年、DDTでのことだった。
猛スピードで頭角を現し多くの注目を集めるようになった飯伏選手は、インディー団体とメジャー団体との垣根を越えて新日本プロレスのリングでもその実力を発揮するようになった。結果、2013年には史上初のDDTと新日本プロレスのダブル所属となっている。
しかし、2016年に両団体から退団。
その後、退団した年にはDDTにもスポット参戦の機会があったものの、2019年に新日本プロレスに再入団して以降、その活躍の場は新日本のリングに移った。2021年には新日本のIWGPインターコンチネンタル、IWGPヘビー級王座の二冠王者となり、同年、両王座の歴史を継承したIWGP世界ヘビー級王座の初代王者として認定されている。
同年10月から怪我による長期欠場に入り、2023年には契約期間満了により新日本プロレスを退団したことが報じられたが、その後、アメリカのプロレス団体AEWと正式契約したことが報じられていた。
飯伏選手は、まぎれもなく、プロレス界のスターだった。
けれど、怪我による影響は、大きかった。
今年1月2日に開催されたプロレスリングNOAH有明大会。
ゲスト参戦が報じられた飯伏選手に組まれたのは、プロレスリングNOAHの丸藤正道選手とのシングルマッチだった。
その試合が、その大会のメインイベントだった。
団体のタイトルマッチではない試合をメインにすることで、試合前から疑問の声や批判もあった。
そして行われた試合。それは、疑問や批判をはねのける試合内容とは言い難いものだった。飯伏選手のコンディションは、万全な状態に戻ってはいなかったのだろう。ずっとNOAHが好きで、デビュー当時から丸藤選手のファンである私にとっても、それは、見ていて辛い、重苦しい試合だった。
ネット上には多くの批判の声が溢れていた。様々なニュースでも取り上げられていた。
この有明大会以降、飯伏選手は長期欠場に入っていた。
私も夫も、(画面越しとはいえ)飯伏選手の姿を見るのは、1月以来だった。
登場の時点で涙腺が緩んだ。
リングに上がってから試合が終わるまでは数分という短い時間ではあったものの、怪我の影響が感じられなかったことに胸が熱くなった。
飯伏選手から髙木選手への攻撃。フォールを2で返す髙木選手。さらに続く攻撃。
最後は、男色ディーノ選手にタッチ。
ディーノ選手のリップロック、からの、抱擁。
そして、ゴッチ式男色ドライバー。
3カウント。
泣いた。
試合後の髙木選手の「俺は引退なんかしない!」の言葉に、また泣いた。
「必ず戻ってくるから!」
「願いが叶うなら、飯伏、俺とシングルで闘ってくれ!」
の言葉にうなづく飯伏選手の表情に、さらに泣いた。
でも、その後、マイクを取った飯伏選手からの言葉は、予想していなかった。
「僕からも、お願いがあります。」
「もう一回、DDTに上がっていいですか?」
DDTファン歴の浅い私でも胸がいっぱいになったのだから、夫はどれほど嬉しかっただろうか。
号泣、とはこのことだろう。
ボックスティッシュが半分になるくらい、夫婦でぐしゃぐしゃに泣いた。
この試合だけでも大満足なのに、その後の試合も全部素晴らしくて。
DDTのファンになって良かった。あらためて、そう思った。
本当に、良い大会だった。
子供の頃に全日本プロレスを好きになって以降、私は現地観戦の回数こそ多くはないものの、なんやかんやとずっとプロレスを好きで見続けている。
けれど、全日本やNOAH、大日本プロレスの観戦が多かった私がDDTを見るようになったのは、ここ数年のことだ。
ポイズン澤田JULIE選手やMIKAMI選手、中澤マイケル選手のDDTでの試合を、私は見ていない。
飯伏幸太選手がDDTでデビューした当時のことも、ここに至るまでの歴史も、リアルタイムで追い続けてはいない。
でも。
そんな、過去を知らない私だけれど、この大会を見ていて疎外感を感じることは、一度もなかった。
過去を共有していなくても、今のDDTの試合を、空気を、全部楽しむことが出来た。
過去を共有していない人をそのままに受け入れて楽しませてくれる空間が、そこにはあった。
嬉しかった。
嬉しかったことは、試合後にもあった。
大会終了後に流れたVTR。
会場設営の様子からバックステージの様子まで流れたその中には、現在は怪我で欠場中でこの日のリングに上がることが出来なかった選手たちの姿もあった。
「岡谷がいるっ!岡谷がいるよぉぉ~!!!」
映像の中に岡谷英樹選手を見つけて再度号泣。
さらに、バックステージでの最後の記念写真撮影の時、一番後ろの右側に岡谷選手と昨年引退した赤井沙希さん、そして現在欠場中の樋口和貞選手が並んでいるのを見つけてまた号泣。
夫に笑われるレベルで泣く妻。
というか、笑ってくれる夫で良かったとしみじみ思う。
この日、メインの試合が始まる前に、大型ビジョンでは9月29日の後楽園ホール大会に、“THE RAMPAGE”の武知海青選手が特別参戦することが告知されていた。
それを見た時、私の頭にまず浮かんだのが、岡谷選手のことだった。
武知海青選手がプロレスデビューを果たした今年2月の試合、会場もリング上も武知選手を受け入れるあたたかい雰囲気に包まれていた中、敢えて武知選手に対して厳しい姿勢で対峙していたのが岡谷選手だった。
孤高の姿の向こうには、その試合の前、2月7日に引退した坂口征夫選手の生き方が重なって見えた気がした。ファンの勝手な思い込みかもしれないけれど。
岡谷選手、9月までに復帰出来たらいいな。
復帰して欲しい。
もちろん、怪我を直して万全の体調で戻って来て欲しいから無理は言えない。でも、武知海青選手の前に立ちはだかる岡谷選手をまた見たい。そう思った。
いや、武知選手云々抜きに、私は岡谷選手の試合が見たい。
今のDDTに岡谷選手が戻ってきた景色を、早く見たい。
そう思う。
プロレスを好きで、良かった。
DDTを好きになって、良かった。
私はこれからもプロレスを見続けたい。そして、これからのDDTを楽しもうと思う。
※ 追記
試合観戦後、男色ディーノ選手のnoteを読んで、また泣いた。
ディーノ選手のnote、プロレスファンはもちろん、プロレスに詳しくない方々にも是非読んで欲しいと思います。