鮎川浜のクジラの歯の指輪で幸せが広がった話
先週土曜日、東京から宮城を訪れていた友人を案内して、夫と友人と三人で牡鹿半島の「ホエールタウンおしか」に出かけてきた。
友人は、東京在住ではあるけれど東北各地に頻繁に足を運んでいる。中でも宮城県、特に女川町を訪問した回数は、恐らく私の数十倍いや百倍になると思う。いつも、復興「支援」ではなく、旅を、そして女川の町や人を心から楽しんでいる様子が友人のSNSからは伝わってきて、そんな旅日記は読んでいて嬉しくなる。
そんな友人だったが、意外にも牡鹿半島の鮎川浜にはこれまで訪れたことが無かったという。ならば是非ご案内したいと夫婦で意見が一致し、この日の訪問となった。
朝10時に石巻で待ち合わせして、車で一路、鮎川浜へ。着いたのはお昼前だった。
飲食店や土産物店など様々な店舗が入った商業施設「観光物産交流施設 Cottu(こっつ)」に入り、真っ先に足を運んだのは、「鯨歯工芸 千々松商店」さん。
私が毎日身に着けている結婚指輪は、こちらのお店で夫が買ってくれたものである。
「鯨歯工芸 千々松商店」さんは、鮎川の伝統工芸「鯨歯工芸品」の専門店。
以前にもnoteで紹介したが、マッコウクジラの歯を使った印鑑やアクセサリー、工芸品等を今も製造販売されている。一般財団法人日本鯨類研究所が運営するウェブサイト「くじらタウン」でも紹介されているお店である。
ちなみに以前書いたnoteはこちら。
入籍後の2022年夏に訪問し、結婚指輪を買ってもらった時のこと。
そして、その2年後にあたる今年の8月、牡鹿鯨まつりにあわせて再訪した時のこと。
今回ご案内させていただいた友人は、鯨歯の工芸品を目にすること自体が初めてだったらしく、お店に並んだ印鑑やアクセサリーなど工芸品の数々に興味津々。
そんな友人に、お店の方がマッコウクジラの紹介をしてくれた。
中が空洞の歯や、ぎゅっと詰まってはいるものの虫歯になっていて工芸品に使えなかったものなど、是非どうぞと触らせていただいて、驚いたり感心したり。
実は私と夫も、クジラの虫歯についての説明をお聞きしたのはこの日が初めてで、これは知らなかった、凄いねぇと友人と話していたら、
「あら!指輪の?!」
と、お店の方に気付いていただいた。
ご挨拶が遅れたことに恐縮しつつ、あらためてお久しぶりですとご挨拶。
「もしかして、(お店のことを)ネットに書いてくださいました?」
と、お店の方に訊ねられて驚いた。
「noteっていうサイトにこちらのお店のことを書いたんです。先にご連絡せずに無断で書いてしまって申し訳ありません。」
そう言って頭を下げると、
「いえいえとんでもない!こちらこそ、ありがとうございます。(noteの)記事を見て来た、って言って、指輪を買いに来てくださった方もいて。」
「・・・えっ?!」
驚いた。
むちゃくちゃ驚いた。
何故なら、上のリンクを見ていただければ分かるが、私の記事はnoteの注目記事に選ばれてはいない。フォローしてくださっている方々はありがたいことに200人を超えてはいるが、いわゆるインフルエンサーの方々のフォロワー数には程遠い。もちろん、誰か著名人に紹介されたということも全くない。
それでも、読んで興味を持ってくれた人がいた。しかも、実際に足を運んでくれたとは。
驚きと同時に、嬉しさが込み上げてきた。
「だから、今、もう残っているの、これだけになったんです。」
そう言って、お店の方が嬉しそうに見せてくれたトレーの上にある指輪は、数個だけだった。
夫とここに指輪を買いに来た際には、トレーの上に数十個の指輪があった筈。様々なサイズやデザインのものを試着させていただき、その中から選んだのを覚えていた。あんなにもたくさんあった指輪が、あれからたくさんの見知らぬ誰かに喜ばれ、選ばれ、旅立っていったんだ。そして、自分がここに書いた記事が、載せた写真が、そのきっかけのひとつになれたんだ。
そう思うと、嬉しさもひとしおだった。
「今も、毎日着けてます。」
そう言って自分の指輪をお見せすると、
「私も、いつも着けてるんですよ。」
と、お店の方もまたご自身の指輪をみせてくださった。
その色を見て、私も夫も驚いた。
仕事の都合で平日は身に着けていない夫の指輪は、今も購入した時のままの乳白色だった。けれど、毎日身に着けている私の指輪の色は、やや象牙色に近くなっていた。それで、身に着けていると色が深くなっていくんだなと感じてはいた。
けれど、お店の方の指輪の美しさは別格だった。それは、見事な飴色に輝いていた。
「いつか、そちらの指輪も、この色になりますよ。」
そう笑顔で教えていただいて、嬉しくなった。年を経るごとに美しくなる指輪とは、なんと結婚指輪向きなのだろう。
「もう、今あるものだけなんです。」
少し寂しそうに、でも笑顔で、お店の方は鮎川の鯨歯工芸の今を教えてくれた。鮎川浜の伝統工芸である鯨歯工芸品の原材料はマッコウクジラ。
調査捕鯨の継続により十分な生息頭数が確認されたことを受け、日本は2019年から商業捕鯨を再開している。けれど、その対象となっている大型鯨類はイワシクジラ、ニタリクジラ、ミンククジラ、ナガスクジラの4種類のみ。マッコウクジラは今も対象外だという。
「マッコウクジラ、再開されないんですか?」
驚いて尋ねると、
「再開されても、大きすぎて・・・」
と残念そうに言う。あまりに大きすぎて加工が大変らしい。
さらに、
「マッコウクジラって、身体の4分の1くらいが頭なんです。昔はその頭の中の脂で石鹸とか作ってたんですけど、今はどこも加工していないから、捨てるしかなくて。」
事情を聞いて、返す言葉が無かった。
後で国立科学博物館のデータベースで調べたところ、ミンククジラの大きさが8.5~9.2mなのに対して、マッコウクジラは雌でも11~13m、雄だと15~18mと記載されていた。
18mといえば、ミンククジラの約2倍である。これは解体作業を行うにも場所の確保が大変だろう。
加えて、捕鯨が盛んだった時代には頭から尾まで骨や歯も含めて余すことなく使っていたけれど、今では鯨の脂の石鹸を目にすることも無い。
長い捕鯨禁止の時代を経て、多くの関連産業も失われてしまった。そんな今となっては、生息数が増えたとしても、加工に手間がかかる上に捨てる部位が多いマッコウクジラを捕獲対象とすることは無いのかもしれない。
「だから、本当にもう、今ここにあるもので全部なんです。」
柔らかな笑顔で、お店の方はそう言った。様々な思いがある筈なのに、そんなことは感じさせない穏やかな表情だった。
ここ鮎川浜も、東日本大震災の際には大津波に襲われた地域である。
「俺、この時にも行きました」
お店の奥に飾られた震災前の店舗の写真を指差して夫が言うと、お店の方は驚いていた。石巻の義実家には、お店にあるのと同じ円錐形の鯨歯もあることを伝えると、さらに驚かれた。
「あのお店も、全部流されてしまって。だから、(材料の鯨歯や商品を)探して、なんとかここまで集めたんです。」
お店の方の言葉に、そうか、と、あらためて気が付いた。日本が商業捕鯨から撤退したのは1988年。ということは、ここにあるのは全部、あの震災を乗り越えた鯨歯なんだ。
「大切にしますね。」
改めて、お店の方にそう言うと
「是非!クジラは、お守りですから!」
そう言ってくれたお店の方の笑顔が嬉しかった。
そうだ、最高で最強のお守りだ。
またここに来よう。何度でも。そう思った。
千々松商店さんでの買い物の後、お昼は同じく「観光物産交流施設 Cottu(こっつ)」の中にある飲食店から、この日はプラザサイトーさんで鯨と鮪のお刺身定食をいただいた。
「今まで食べた鯨の刺身の中で一番美味しい」
初めてこの地を訪れた友人が感激の表情で言う。
「ここのは本当に美味いんですよ」
と言う夫はどこか誇らしげだ。
それにしても、本当に美味しい。マグロも美味しかったが、なんといってもクジラが絶品。宮城に来てから美味しいクジラを食べる機会が増えたけれど、中でも鮎川で食べるクジラの美味しさは格別である。身と皮とを同時にいただけるのは、鮎川ならでは。
この日も嬉しい昼食となった。
食事の後は、鯨の生態や歴史について紹介する「おしかホエールランド」を見学。私と夫は8月の鯨まつりの際にも見学していたのだけれど、先ほどの千々松商店さんのお話を聞いた後では、マッコウクジラの骨格標本も前回とは違って見えてくる。
そうだよね。頭、大きいよね。この頭の中の脂が、昔はいろんな産業に使われていたんだよね。
そう思うと、感謝の気持ちが湧いてきた。
鮎川は、クジラで栄えた街、だけじゃない。クジラを大切にして、クジラと共存してきた街なんだ。そんなことを、あらためて思った。
ちなみに今回、千々松商店さんには友人を案内するだけの予定だったのだが、鯨歯を用いたピンバッジの中に「これは私のためのデザインでは?!」というものを見つけて衝動買い。
アクセサリーとしてスーツの襟にさりげなく付けるのはもちろんだが、来シーズンは野球観戦の時にも幸運を願って身に着けたいと思う。
それにしても、自分がこうして書いているnoteを読んで興味を持ち、実際に現地に足を運んでくださった方がいることを今回の鮎川訪問で知って、本当に嬉しく思った。
行って欲しい、触れて欲しい、美味しく食べたり楽しむ人が一人でも増えて欲しい。
魚の記事や東北各地の様々な場所やお店についての記事は、いつもそんな思いで書いている。誰か興味を持つ人がいてくれたらと願いながら、ずっと書き続けている。けれど、それが実際に誰かに届いているかを確かめる術は無かった。
それが今回、興味を持って足を運んでくださった方々がいたと知って、本当に嬉しく、ありがたく思った。
お会いしたことは無いけれど、記事を読んで、鮎川浜に足を運んで鯨の指輪を買ってくださった方々に、心から御礼申し上げたい。
お互い、指輪が飴色に代わるまで幸せで長生きしましょう。
そして、今読んでくださっている方々にも、いつか鮎川の町やクジラの魅力を実感していただけたら嬉しく思います。
クジラは、幸せを運んでくれる。
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