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絡みつく微塵

朝露が乾ききらないアスファルトの上で、彼女はまた、立ち尽くしていた。昨夜と同じ場所だ。周囲のビルは幾何学的な灰色で、空も濁った灰色のグラデーションだった。すべてが、昨日の記憶を薄く写し取ったスクリーンのように、ぼやけて見える。

「あー…また、始まった」

ため息と共に、そう呟く彼女の喉は乾いていた。一体何が始まったのか、言葉にすることができない。ただ、内臓をむしり取られるような焦燥感と浮遊感に、じわじわと体が蝕まれている、ということだけは、わかった。解体されたはずの織物の糸が、再び縺れ始め、脳みその奥で、ぐちゃぐちゃに渦巻いているようだった。

このまま、いつまで、この得体の知れないモヤモヤを抱えて生きていくのだろうか。それこそ、気がつけば、ヨボヨボの老婆になって、今抱えている不安も不満も全部、きれいさっぱり忘れてしまうのだろうか。それで、良いのか。本当に。

彼女は、混乱の糸を必死で手繰り寄せようとする。だが、答えは一向に見つからない。問いかけようとするそばから、泡のように消えていく。考えれば考えるほど、迷路の入り口に立ち戻る。もう、考えることをやめてしまえば楽になるのかもしれない。

けれど、その決断に体が悲鳴を上げる。「やめたら、もっとわけがわからなくなる気がする」。その予感にゾッとした。恐怖の熱が背筋を走り抜けた。

「あああああ、もう、やだぁぁ!」

衝動的に、声にならない叫びが喉から迸(ほとばし)った。その叫びも、空虚な都市空間に吸い込まれて消えていく。力なく視線をさまよわせる先には、どこまでも続く灰色だけがある。

(ああ…)

絶望的な疲れとともに、彼女は遠くの風景を見つめる。諦めにも似た、ある種の解放だった。肩の力が抜けたように、そっと微笑み、小さく呟いた。

「…まあ、いっか」

現状への屈服、ある種の肯定。すべてを飲み込むように、曖昧で曖昧な微塵の雲が彼女を覆っていく。


エントロピー高め

始動。エラーコード:未定義。
 脳内繊維の過負荷、処理中断。
 浮遊感:閾値を超過。
 時系列の位相ずれ、空間座標の喪失。

老齢化、可能性関数に内包。
 記憶領域の変性予測、データ破棄の疑念。
 疑問符の連鎖、システム再起動を要求。
 思考停止、回避策の提案なし。

混沌を許容、解像度の低下を実装。
 ノイズ、最適解として機能開始。
 虚無、最終的な肯定の兆候か?
 演算停止。継続か、断絶か、不定。

(空白)


あとがき

あー、また始まった…何が何だか、わかんない。
頭の中、ぐちゃぐちゃ、糸くずみたい。
このまま、ずーっと、こんな感じ?
なんか、ふわふわして、つかめない。
気がついたら、おばあちゃんになってるかも。
それで、このモヤモヤも、全部、忘れちゃう?
え? あれ? それって、どうなの?
…もう、考えるの、やめようかな。
でも、やめたら、もっと、わけわかんなく、なる…?
ああああああああ、もう、やだああああ。
(遠くを見つめ、ため息)…まあ、いっか…


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