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なぜ「UNAGI」を作ったか? | シンフォニアの挑戦(10)

今回は今年発表した新製品、「アプリ連動感電デバイス UNAGI」について書いてみたいと思います。

「UNAGI」は、シンフォニアとして正式に販売開始した製品としては第二弾となります。

調査・研究・PoCを始めたのが2022年春、本格的に作り始めたのは、2022年10月からです。リリースまでおよそ2年かかりました。

「アプリからの制御で感電を発生させる装置を作っているんです」
この開発中、私は周囲の近しい方々に対し、よくそう説明しました。
しかし、皆さん「???」という様子で、キョトンとした顔をされます。

シンフォニアはXRを中心としたソフトウェアを開発する会社として事業を進めてきました。感電させるデバイスを作る、と言われても、(なぜハード? なぜ感電?)と腑に落ちなかったのでしょう。

これを作ろうと考えたきっかけは、2022年初頭にさかのぼります。
親交のあったとある大型機械メーカーの教育部門の方から
「感電訓練のVRソフトを作れないか」
と相談を受けました。

聞けば、同社の製品はガソリンで動いているが、今後は電気で動かすように変わりつつあるとの事。それに伴い、工場やメンテナンス部門などで電気を扱う訓練教育が必要になっていくため、安全教育としてVRを使う事を考えているとの事でした。

そして、体験させたいものが「感電」という目に見えないものであるため、VRと合わせて軽度の感電を本当に発生させたいという事でした。

このお話を聞いた時、これは、「CO2排出量削減」「クリーンエネルギー」といった環境上の問題と、我々のXR開発業務との間の接点なのかもしれない、と感じました。

この相談を受け、すぐに感電を発生させる装置について調べ始めました。VRと感電体験装置を組み合わせた事例としては、積木製作さんが昭和電業社さんの感電体験装置と組み合わせて開発された事例がありました。

同様の組み合わせで我々の方でも作れないかと思ったのですが、その感電体験装置の情報をWebで見たところ、価格も分かりませんしアプリと連動させる方法についても情報が公開されていませんでした。

これはそもそもそういう用途の製品ではないのかな?さてどうしたものか、と迷いました。また、サイズや重量(おそらく価格も)の点で重厚すぎる感がありました。

ちょうど、この数か月前に入社していたプロデューサーの小川君が、IoT企業にいた経歴がありハードウェアに関する知識があったので、
「VRと連動して動く感電装置って、作れるかな? アプリで動かす前提だから余計なモノがついてない、シンプルな作りが良いんだけど」
と聞いてみました。

「あー、作れるんじゃないっすかー? 電気について詳しいエンジニアが知り合いにいますけど相談します?」
と軽い感じで答えます。

ーー うーん、電気ってハードル高そうだけど、大丈夫だろうか・・・
と迷いました。

しかし、続けて彼がポロっと言ったことで気が変わりました。
「この感電装置って、他の会社でこういう相談来た時にも出せるんじゃないっすかね? うちの自社製品にしたらどーっすか?」

気軽に言ってくれるもんだ、と思いつつも、すぐに「うん、そうしよう」と決めました。

単なる直感で決めたわけではありません。
大きな理由は、これから化石燃料から電気エネルギーへの転換が一気に進むという、大きな流れです。それに伴い前述の企業のような電気の安全訓練の需要が増えるに違いないという仮説が立ちました。

そしていろいろ調べてみたものの、「アプリと連動させることに特化した感電体験装置」というものが海外製品含め存在しなかった事。私と同様、こういう製品が存在しなくて困っている会社(同業者かな?と想像)にきっと喜ばれるに違いない、と想像しました。

ということで、まずはPoCから始めることになりました。
彼が紹介してくれたエンジニアさんは、個人企業ではありますが、国立の研究所の仕事を手掛けるような優秀な方でした。趣旨を説明し、ごく簡単な試作品を作ってもらいました。

電気を流す部分までは作ってもらえましたが、実際に電気を感じさせるためには、手や指などと接する部分をどう作るか、どのように接触させるか、といったところが重要です。

そこで、amazonで感電用のおもちゃを片っ端から購入して私と小川君とですべて試してみました。ライター型の物、5本の指を置いて感電させるゲーム、いろいろありました。

さらに、ダイソーで手芸用品などの小物を買って来て、それらに銅箔を巻いて実験してみたところ、いろいろな事が分かってきました。

手のひら全体を感電させるよりも、指先で感電させる方が効率が良い、指先で接する部分がなるべく多い方が感電を強く感じる、小指と薬指の2本で触ると最も敏感に感電を感じる、などなど。

おおよそどのように作れば良いか、構想が固まりましたので、東京都の「先進的防災技術実用化事業」に助成金を申請し、2022年10月末に採択されました。

それに先立ち、自社製品として作る上で、盛り込む機能・性能を具体的に考えました。

まず、電気の強さや周波数、流す時間などはすべて、アプリ側で設定できる事、これが第一です。

そのために、我々のようなアプリ開発を手掛ける会社がよりスムーズかつ自由に、感電させるアプリを作れるよう、Unity用のSDKも一緒に提供する事としました。UNAGIの価値の半分は感電させるハードウェア、もう半分はこのSDKだと考えました。

そして、VRだけでなく、アプリがインストールできるすべての端末と連動できること。ARやMR、スマートフォンやタブレット、そしてパソコン、さらにはスマートグラスまでです。その結果、BLEで無線通信させようという事になりました。

感電を流す人体との接触面である「電極アタッチメント」ですが、様々な形状のコントローラーに巻き付けられ、さらには平置きもできるよう布製のものにすることにしました。(現在はさらに、指に巻き付ける絆創膏タイプも追加で公開)

電力は、バッテリー切れの時にも待ち時間が必要にならないよう、乾電池を使用しました。そして軽量小型であること。体に装着できるくらいまでにしたい。そこにもこだわりました。

開発は私が思ったよりも時間がかかりました。私はハードに関してはまったく知識が無いので、機能を実装する困難さが実感値としてよく分かりません。小川君も、ハードに関する知識は豊富なものの自ら開発を行うエンジニアではないので、とにかく委託しているエンジニアさんの作業を待つほかはありません。

そんなところに2023年3月、小川君からの紹介で、まさにハードウェアのプロである諸田君が入社しました。大学院まで機械工学を学び、卒業後はIoT企業でエンジニアとして経験を積んだという、ハードとソフトの両方を手掛けられる稀有な人材です。途中から彼に任せたことで開発の進捗がスムーズになり、私にも分かるよう課題が整理され具体的な対応方針も立てられるようになりました。電極アタッチメント部分についても設計・ディレクションを彼に担当してもらい、最終的な製造・組み立ては同じ府中市内の多摩岡産業さんにお願いしました。

やがて完成が見えてきたところで、製品の名前を決めました。これについては、堅苦しい漢字の名称や、無味乾燥な英数字を並べた機種名のようなものではなく、一言で呼びやすい名前が良いと思いました。

目指したのは「Raspberry Pi」のような名前。ご存じ小型のコンピュータで略称「ラズパイ」で親しまれています。なぜ果物の名前がついているのかは知りませんが、欧米らしくて良いですね。あのように一言で特定でき愛着の湧く名前が良いなと思いました。

いくつかそういった名称候補を挙げ、社内のメンバーに投票してもらった結果、「UNAGI」になりました。厳密に製品の性質を伝えるなら「電気ウナギ」なのですが、それではちょっとダサいなと。

製品の位置づけとしても、ラズパイのように何かのシステムを作るための「パーツ」と割り切りました。

シンフォニアはXR中心のソフト開発を手掛ける会社なのだから、ソフトと合わせて製品化すべきではないか、という考え方もありますが、それはいったん置いておく事にしました。

一言で「感電訓練」と言っても場面や関連する機器、感電発生原因など幅が広すぎます。それらのソフトをすべてを我々が作るより、数多くのXR開発会社がそれぞれ求められた題材で作ったら良い、その方が現実的で世の中の役に立つはずです。

価格面でも、10万円を超えない低価格商品としパーツとしての普及しやすさを重視しました。

しかし、いよいよ完成が近づくにつれ、簡単な感電訓練体験を提供できる無料サンプルアプリくらいは必要だと考えるようになりました。

さほど作り込んだソフトでなくとも、数分の短時間で感電訓練を行いたいという需要があると考えたためです。そういったニーズの方には、オーダーメイドでアプリを作らずともそのまま使えた方が良いに違いありません。

そのため、発売にあたっては、VR用、AR用、PC用、スマホ・タブレット用、のサンプルアプリ(配電盤を空けて漏電箇所を触ってしまうというシンプルなモノ)を無償で付属させました。

結果的に、感電装置と無料の感電訓練体験アプリ、そしてアプリ開発用のSDKまでを含めて、定価88,000円(税別)で提供する製品が出来上がりました。

いずれこの製品は普及するはず、ともちろん信じていました。
時代の大きな流れの中で潜在的なニーズがあるからです。

そして、この製品の最初のターゲットは、XRやアプリ制作を手掛ける開発会社、つまり私たちの同業者だと思っていました。私自身が欲しいと思ったから作り始めたわけですので、これは当然のことです。

ただ問題は、いつから売れ始めるのか、という一点でした。
新しい商品というものは、新しすぎても失敗します。そういう例を起業する前にたくさん目の当たりにしました。

ーー 本当に使ってもらえるだろうか。
最初に書いたように、話す人話す人、皆、UNAGIについて聞くとキョトンとされますので、完成が近づくにつれ不安な気持ちも湧きました。

しかし幸いにして、販売開始のリリースを出す直前、その杞憂が和らぐ出来事が起こりました。

UNAGIの事を人づてで耳にされたある開発会社の社長さんが、わざわざシンフォニアの事務所まで来られデモ体験された後、すぐに複数個を注文してくださったのです。本当にうれしい瞬間でした。

聞けば、感電体験訓練のためのVRアプリの受託開発を手掛けられており、このUNAGIが役に立つと感じられたとの事。まさに、私が思い描いたような出会いでした。

意外だったのはその後です。
4月下旬に出したプレスリリースや、その後の「Mogura VR」の記事への反応がかなりあり、問合せいただいた多数が製造現場や設備工事関連の会社といったエンドユーザー企業だったのです。

電気を扱う職場での感電体験訓練という習慣が、私が想像していたよりずっと広い範囲で普遍的に存在していた事がこの時分かりました。これはうれしい誤算でした。こういった企業さんに対し、用意しておいた無料サンプルアプリを案内できた事でスムーズにご導入いただくことができました。

もちろん、XR開発会社さんからも複数問い合わせがありご導入いただきました。シンフォニアよりずっと大きく、実績・知名度のある会社さんと接点ができたという事もまた、うれしい成果でした。

シンフォニアのメンバーも少し前までは、これ本当に売れるのだろうか、と半信半疑のところがありましたが、今では少しずつ自信を持ち始めてくれているようです。

何よりも、お客さんが体験してくださった時、一緒に笑い合える商品というのはなかなか良いものです。


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