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「そもそも変な味してない?」

「卵の味って、なんなん?」
「え、どういうこと?」
「いや、卵が美味しいって、何?」
「お前、何年も前からそんなこと考えてるの?」
「そう。何年も前にふと思って、それから卵を食べるたびに思ってる」
「……哲学?」
「違う違う、ただ単に、卵の味って独特すぎるだろって話」
「まあ、それはそうかも。甘いわけでも、酸っぱいわけでも、しょっぱいわけでもない」
「そう! なのに美味しい。ていうか、そもそも変な味してない?」
「変な味って言うなよ」
「だって変な味だろ。卵の味は、卵の味としか言えない。普通、変な味って『まずい』って意味になるのに、卵は違う」
「確かに。まずくはないな」
「むしろ美味しい。ありがたいとさえ感じる」
「それは……すりこみじゃない?」
「やっぱりそう思う?」
「おでんとか茶碗蒸しとかで『特別感』を演出されすぎて、卵=ありがたいもの、ってインプットされてる説はあるな」
「いやでもさ、生でも茹でても、サラダに混ざっても美味いんだぞ? 状況変わっても美味しいってすごくない?」
「それ、たぶん『卵黄のコク』のせいだな」
「卵黄のコク?」
「卵の旨味成分って、グルタミン酸とかイノシン酸が絶妙なバランスで含まれてて、それが脳に『うまい』と認識されるらしい」
「なるほど」
「特に卵黄にはレシチンっていう脂質があって、これが口当たりを良くしてコクを出すんだよ」
「レシチン……?」
「うん。で、さらに卵白には硫黄化合物が含まれてて、あの独特の香りが生まれる」
「変な味の正体、それか!」
「変って言うなよ」
「じゃあ、俺たちが卵を美味いと思うのは、レシチンとグルタミン酸と硫黄化合物の合作ってこと?」
「まあ、ざっくり言えばそう」
「つまり……卵の美味しさって、科学の勝利?」
「そういうこと」
「じゃあ今度から『卵の味は科学』って言いながら食べるわ」
「余計なこと言って、また周りから変な目で見られるぞ」
「でも美味いんだから仕方ない」
「まあな」

ーーーーーーーーーー

「ちょっと待ってくれよ」
「ん?」
「あんな、天然というか、生命そのものみたいなもんが、科学!? ってならん?」
「まあ、ならなくもないけど……」
「卵ってさ、そもそも『命のカプセル』じゃん。生き物になるための設計図と栄養が全部詰まってるんだぞ? それを科学の勝利とか言っていいのか?」
「いや、むしろその『命のカプセル』だからこそ、美味いんじゃないの?」
「どういうこと?」
「まず、卵黄。あれはヒナのための栄養タンクだから、脂質もタンパク質もバランスが良くて、しかもコクがある」
「レシチンの話か」
「そう。そして卵白はヒナを守るクッションの役割を持ちつつ、抗菌作用がある」
「なんか一気に卵白が強キャラに見えてきた……」
「で、さらに言うと、あの『卵の香り』の元になってる硫黄化合物。これ、実は生命活動に欠かせない成分なんだよ」
「マジで?」
「うん。アミノ酸の一部であるメチオニンとかシステインっていう成分が、卵白に豊富に含まれてるんだけど、これが分解されると硫黄っぽい匂いを出すんだ」
「ちょっと待て、それって要するに……?」
「卵の『独特な香り』って、生命の源を感じる匂いなんじゃね?」
「ヤバ……」
「ヤバいだろ」
「生命の香りがして、生命のための栄養があって、それを人間は本能的に『うまい』と感じるようにできてる?」
「そういうこと」
「科学、すごいな」
「生命、すごいな」
「卵……すごいな……」

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