海警法の成立と中国海警局の変遷

海警法について 

常務委へ最初に提出された法案によると、「海警局」を「重要な海上武装力量かつ国家の法執行力量」と位置付け、警察と国防という二つの役割を持たせた。
法執行権限が及ぶ範囲を「管轄海域」と規定。中国最高人民法院(最高裁)は「管轄海域」を「内水、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ )、大陸棚、及び中国が管轄するその他の海域」としている。海警法は、外国軍艦や公船が「管轄海域」で不法行為をすれば「強制退去・えい航などの措置を取る権利がある」と定めた。

→ 「管轄海域」という概念自体不明。おそらく国際法上の用語ではない。条文上では、管轄海域はほぼ無制限。国際法上、それぞれの海域にその特徴に応じた主権的権利は認められてはいるが、「不法行為」の範囲が曖昧で、国際法上認められるような権利 行使を超えた法執行が行われる可能性がある。

新華社によれば、中国海警局は外国船からの脅威を阻止するため、武器使用を含む「あらゆる必要な手段」の行使が認められると海警法に明記された。海警局員が中国の「管轄海域」で外国船に乗り込み検査することも可能になるとしている。 また、外国組織や個人が中国の島や岩礁に建設した構造物についても「強制的に取り壊すことができる」ことを規定した。 海警局は2018 年、国務院の管轄から、準軍事組織の人民武装警察部隊 (中央軍事委員会が指導)に編入されました。20年6月には、有事の際、軍と同じ指揮系統の下で行動できるようになりました。

→ 最近の組織 編成の変更によって、海警局は、比較的軽武装の軍隊のような位置づけに編成され、武器使用の範囲についても、今回の法成立によって、拡大した。建造物の強制的取壊しについての規定は、尖閣諸島において日本側が建造物建設を行った場合への対抗措置を明確にした形だ。

20年には、尖閣諸島沖の接続水域への海警船の侵入が、過去最多の333 日となっています。

(参考)我が国の海上保安庁の場合
武器使用 行使可能な海域 内水又は領海
     行使可能な様態 国際法上の無害通航でない航行がある場合
← 武器使用可能な海域、様態ともに明確な制限が定められている。

20条1項 (武器使用は)当該船舶が、外国船舶(軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であつて非商業的目的のみに使用されるものを除く。)と思料される船舶であつて、かつ、海洋法に関する国際連合条約第十九条に定めるところによる無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行つていると認められること

中国海警局の変遷

1994年 中国、国連海洋法条約を批准
1996年 この批准を受けて、中国海洋局は、「中国海洋21世紀議程」を発表
「中国海洋21世紀議程」の内容
海洋の大規模開発の能力は少数の国のみが有するという認識を基に、「海洋権の再分配は新段階に入り、200海里以内の海域(管轄領域)は徐々に国土化し、公海と国際海底は国際的な共同管理の方向に発展していく」
←(所見)国連海洋法条約は確かに、EEZ内での自然資源(生物、非生物)への主権的権利を認めるものだが、同文書では国土化のようなウェストファリア的な感覚を表していて、当該条約を領域拡大への国際的な動きと捉えているように感じる。
二つの目標
・自国管轄領域における海洋権益の確保(無人島や沿海部・管轄領域での法執行力の強化を特に重視)
・国際海域における中国の影響力と利益の確保

1998年 「中国海洋政策」策定
海域ごとの管轄権主張を政策化。国連海洋法条約を利用して、今までの過大な領域に対する主張の実現を目指す → 自国に有利な法的立場を示すため、それぞれの海域に対する中国の法的立場は、ちぐはぐなものになる(一方では海底地形、他方では等距離中間線基線 というような)

1998年 「中国の海洋強国戦略」策定。管轄海域を超えたより広い範囲で中国の海洋主権と権益を確保し、「海洋強国」を建設する長期戦略の構想を提示。
(「海洋強国」という目標は、2012年の中国共産党第18回大会が初出であったが、国家海洋局は1998年から唱えていた。)

2000年代前半ごろ 力を削がれていた中国海洋局が、海洋権益の確保の重要性の高まりから力を増す。

2008年12月 党中央の承認なしに、尖閣諸島の了解に侵入、パトロールを実施。初のパトロール実施。日中韓サミットの5日前、胡錦涛―福田・安倍で日中関係改善の中での、中国海洋局による独自行動。 ← ハト派の胡錦涛ら党首脳に対する圧力という意味も?
(背景:2007年、中国が主張する全管轄海域での海洋局によるパトロールを制度化。ベトナム、韓国、フィリピンとの紛争海域での北海総隊、南海総隊の実力行使も伴った積極的な活動に、東海総隊も躍起に。)

2010年代前半の国家海洋局の目標
1.管轄海域の島々に対して国内法に依拠した行政体制の構築。→「海島保護法」の可決と同法の具体化
2.総合的な海洋行政機構としての自信の地位の向上。→海上法執行組織を統合して中国警局を創設(海警局は国家海洋局の下におかれ、いびつな体系に。)
国家海洋局の強化と同時に、海洋局に対する党の統制を強める。

2018年 中国海警局の武警部隊への転属(武警とは、中国人民武装警察で、2017年
から、国務院(公安部)から分離され、中央軍事委員会(主席・習近平)の集中領導を受け
るようになった。)
国家海洋局は分割、解体
⇒一連の組織編制の変更によって、海洋局(後に海警局)の対する 中央・国家主席の統治、
管理の強化。今までのような独自行動などをさせないように。

<所見> 

コーストガード(日本では海上保安庁)にあたる中国海警局の法執行能力の強化を法制化したのは、中国の主張する「管轄海域」のみならず、その周辺のインド太平洋地域での海上プレゼンスを強化している中国共産党の方針と合致している。
中国海警局は、軍事衝突になってしまうために軍では対応するのが適切ではないような、相手国と領土問題等でもめているような地域(※尖閣諸島に領土問題はない)への対応を担う。海警局の法執行能力を強化することで、紛争対手国に対する抑止力を強化し、高圧的な領海支配をねらうものであろう。また、近年の紛争は、軍隊同士の衝突というよりかは、あいまいな戦力を用いたグレーゾーンでの衝突をきっかけとするようなものが増えている(クリミア紛争など)ため、コーストガードのようなあいまいな戦力を用いて、目標達成のための行動を行う可能性が高くなっている。
また、最近、海警局に対する軍や党の統率を強めている。これによって、海警局の独自の行動が抑制されることになり、党中央の方針に合わないような行動や、セクショナリズム的・偶発的な行動への抑制が強化されることになっただろう。しかし、未だ偶発的な衝突が発生する可能性は高いと言える。 広範な領域・状況での武器使用が可能になったことで、その衝突発生の蓋然性や衝突が拡大する可能性が高くなったと言えるだろう。

参考資料


「海洋問題はなぜ噴出したのか」『中国の行動原理』 益尾知佐子


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