【ショートショート】ゲーム
彼は孤独だった。
小学校、中学校、高校、大学…今まで順調に進学こそしていったものの、友だちと呼べる存在は1人もいなかった。
それでも勉強をしっかりしていれば、いつか報われる…そう信じてきたが、それは「学校」までの話で、社会に出たら大きく違っていた。
勉強はたしかに大事だが、それ以上に「人」そして「コミュニケーション」が重要だと痛感した。どの企業も求めている最前提が「コミュニケーション」で、彼はこの部分を見るたびにいつも自信を無くし、そしてそれが面接時にも現れてしまった。
結果、彼は就活に失敗した。
失望した彼は、家に閉じ籠った。引きこもりになった。それでも心が落ち着く訳ではない。再び立ち上がろうという気持ちになる訳ではない。
それでも何かしなくてはいけない気持ちがあった。そんな気持ちに突き動かされて手に取ったのが「ゲーム」だった。正確にはスマホゲーム。
数あるゲームの中で、彼が興味を持ったのはバトルロイヤルゲーム。100人の戦士が無人島で最後の1人になるまで戦い合うゲームだ。
今まで勉強ばかりでこういったゲームには一切触れてこなかった彼にとって、ゲームをすること自体が新鮮だった。
はじめはゲームに慣れず、誰も倒せず早々とやられ、またある時は1キルしたと思ったら即座にやられ、またある時は武器を拾う前にやられ…そんな調子でやられていったが、不思議と「もうやりたくない」という気持ちは出てこなかった。
何度も何度もゲームを進めていくごとにプレイスキルも上がり、そして徐々にキル数も増えていった。チームを組んで戦うことも増え、ゲームの中で友だちとまでいかなくても「知り合い」と呼べる存在は出てきた。
そんな調子で、一日中ゲームをプレイしている時、いつも一緒にプレイしている「オーガ」というプレイヤーが、リアルで会わないか?と誘ってきた。
彼は戸惑った。リアルで会う危険性もそうだが、何より今までまともにコミュニケーションしたことがない。そして何より、未だに就活の「コミュニケーション」という言葉が、彼を蝕む。
だが、彼は勇気を出して会うことに。
場所は都内のとあるカフェ。
しばらく指定の場所で待っていると、それっぽい男性が近寄ってきた。彼はオドロオドロ手を挙げ、「オーガさん?」と呼びかけてみた。
会ってみると、オーガはゲームのような荒々しさは感じず、どこか大人しそうで、というよりオドオドした感じがした。
お互い本名は出さずに、ゲーム内の仮名を使って話すことに。ただどちらも話し慣れておらず、軽い世間話をするも、無言の時間の方が長かった。そして咄嗟に、オーガの方から話を振ってきた。
「ね、ねぇ…今流行りの、こういう仕事があるんだけど…自分の知り合いに仕事を紹介して、商品を売っていくビジネスで…」
ビジネスの内容はチグハグで分からなかったが、何となく察した。オーガは、マルチ商法を勧めていたのだ。
彼は驚いたが、同時にオーガが勇気を持ってそれを話したことに僅かながら尊敬した。自分にはできないことだな、と。同時に自分にマルチ商法を勧めたことに残念な気持ちになった。
ただ、一瞬オーガと自分の姿が重なったような気がした。もしかしたら、時と場合が違っていたら、自分もオーガのようになっていたかもしれないと。
勇気の出し方が違っていたかもしれないと。
彼はオーガを傷つけたくはなかった。これからも一緒にゲームしたかった。なので彼は彼の知る限りやんわりとした言葉遣いで断った。彼も愛想笑いしながら、それを了承した。
しかし互いにコミュニケーションに慣れていない者同士だ。自分では上手く断った、と感じても、側から見ればまるで出来てない。オーガは、やはり少し傷ついたのだろう。その後、オーガがゲーム内に姿を現すことは無かった。
彼はその後、勇気を出した。
オーガとは違う勇気の出し方を見つけることにした。
まずはゲームが好きになったので、ゲーム実況をしてみた。
「声がキモい」というコメントですぐ辞めた。
次にゲーム制作に手を出してみた。
難しすぎて1週間で辞めた。
次にゲームブログを書くことにした。
全然PV数が入らず、1ヶ月で辞めた。
その後も、色々と手を出してみた。結果的に、なぜかコールセンターの派遣で収まった。
慣れない職場で、慣れない仕事を、彼なりに一生懸命頑張った。でも、おそらく、彼はこの仕事もしばらくしたら辞めるだろう。
それでも、彼はまた別の仕事を探すはずだ。
オーガのようになりたくない訳じゃない。ただ、現実に負けたくない…とか、そんな尊大な気持ちでもない。
何となくだが…ゲームをしていたことで、自分に自信と、勇気が出てきたように感じたのだ。そして、はじめて居場所を見つけられたような気持ちがした。
オーガも、形こそ違っていたけど、きっとそうだったんだろう。「今なら出来るかもしれない」そんな僅かに出た勇気で、あの時、自分を誘ってきたんだろう。
彼も、今もその僅かに出た勇気で、頑張っている。