【感想文】舞台『ビビを見た!』で感覚世界を行き来する
大海赫(おおうみ・あかし)著の絵本『ビビを見た!』という絵本があり、それが最近、気鋭の演出家と演者の手により舞台化した。
で、観てきたんで、レポートめいたものを書く。
ネタバレ含みます。
『ビビを見た!』は、マイナーではあるが、カルトなファンのいる絵本らしい。
奇抜な配色の版画と残酷で少し不気味さのある物語により、かつて読んだ多くの子どもにトラウマを与えたが、しかし、おとなになってから読み返すと、その奇妙さ残酷さの奥にある深い魅力が感じられるのだ。ということらしい。
『ビビを見た!』っていうか、大海赫さんの絵本がだいたいそんな感じらしいのだが。ぼくは『ビビを見た!』しか読んだ事ないが、この一冊の一撃がヘビィだった。
原作絵本自体は40年近く前に出版されたものです。でもぼくが読んだのは最近。奥さんに教えて貰った。
奥さんがある日、ネットの海で『ビビを見た!』の情報を見つけてきたのだった。
あらすじはこうだ。
生まれつき目の見えない主人公の少年・ホタルは突然声をきく。
“今から7時間のあいだ、おまえにおもしろいものを見せてやろう”
気がつくとホタルは生まれて初めての光を見る。しかし、その反対に街の全ての人の目が見えなくなってしまう。一瞬にして、だ。
パニックに陥る人々、暴走するクルマ、鉄道は際限なく速度をあげ、運転士は「絶対に見えています」と言い張る。市長は「“敵”が来ました! 今こそ戦いましょう!」と言うが、“敵”が何者かは「わからない」。
唯一目が見えるホタルは、母と共に安全な場所へ避難しようとする。その道中、この状況下においてホタル以外ではじめて目が見える不思議な女の子に出会う。
えー、まあアレですよ。絵本自体も、かなりショッキングな内容であり、ひとがばんばんしぬ! でも、過激で残酷なだけじゃない。むしろ皮肉のきいたユーモアに溢れていて、また、一環したテーマに基づいた完全に芯の入った物語であり、読後、ある種の清々しさがあったり、脳が「あれは何だったのだろう」とブーストしたり、まあつまり、良い本読んだあとの状態になるやつだった。
という、絵本としての『ビビを見た!』はそんな感じなんですけど、その舞台化、お芝居である。
あの、主人公最初目が見えないし、その後は主人公以外目が見えないですからね。これをどう演劇作品とするか。
で、実際、すごかった。生まれつき目が見えず、でも“謎の声”の後みえるようになる主人公・ホタル。そのホタルの感覚と観客を同期させる仕掛けが見事だった。こんなお芝居あるの!?
あと、登場人物ほとんど目が見えなくなりますが、そこをどう表現するのか、とか。とにかく見ていて、見える喜びや戸惑い、見えない恐怖や不安が、演者から伝わってきて、没入感やばかった。
ただ、そこは本筋じゃない。とにかく強い一撃を持った物語なのだ。
たぶん、どこにガツンと喰らうかは人それぞれだと思うのだけど、ぼくは、ふたつあった。
ひとつは目が見えるようになった主人公・ホタルが初めて「色彩」の概念を知って歓喜するシーン。
「絵を描いてみたい! 真っ白な紙に、線を描いて、いろんな色を塗って……楽しすぎるよきっと!!」
っていうの。感情の瑞々しさがすごい。そうだった、絵を描くのってめちゃめちゃ楽しいんだった、ってなった。思い出した。
もうひとつは、同じくホタルの台詞。
不思議な女の子に「見たいもの何でも見せてやるよ!」と言われてこう言う。
「ぼくは、何が見たいんだろう」
見える時間は7時間。もう残り僅か。何を見たいか。そして、
「いいんだよ。もう。何も見たくないんだ……」
と、諦観をにじませる。
あの、あれだ。世界にはいろんな人がいて表情があり場所があって景色があって季節や風土がある。あるけど、いったいぼくは何が見たくて生きてるんだろう。ってなった。
うーん、今まで、「そうか、ぼくはこれを見るために生きてきたのか!」って思えた景色なんかあったっけ。また、いま生きてるのはこの先どんな景色が見たいからなんだろうか。何か見えたらなんだっていうのか。生きる意味とは。生命……宇宙……キョム……………全感覚のブラックアウト。
とかなりかけて、でも考える前に答えは見つかっていることもわかった。あるぞ、ちゃんとある。意味とか意義とかしらんけど、とにかく、漠然とだが確実に「これを見たかったんだ」と思えるようなもの。ささやかだけど幸せな景色は見たことがある。いま思いつくのはひらパーの動物コーナーのアヒルのお尻とかだけど(むちゃくちゃカワイイ)。
それがわかって、なんか、グッときた。
がんばれホタル、見たい気持ちを諦めるな! それは目だけでみるものではきっとなく、見えなくなっても、耳でも肌でも、誰かや何かを強く感じることをやめない限り、きっと出会えるものだ。
あと、あれです、この舞台は、ふだんそこにあるのに交わらないふたつの世界を行き来する体験だ。
当たり前にある、目でみるものだけじゃなくって音も匂いも触り心地も味も、それぞれの感覚を持ってるから知覚できる世界と、持ってないことによってしかアクセスできない世界があって、それぞれの世界を急に行き来することになるのは、サイコーにワクワクするけど最悪に怖い。
そういう世界の行き来の瑞々しさと恐ろしさを、演者の演技と舞台演出によって、気持ちと五感、両方にくらわされる。
だから、怖かったしワクワクしたし、切なく悲しかった。でも、恐慌に陥った世界で前に立って“敵”に立ち向かうホタルの勇気に震えたし、自分が知覚できる世界に真摯に向き合おう、それに自分と違う世界を知覚してる人が見てるものを想像しよう、という気持ちを得ることができた。
「ぼくは何が見たいんだろう」
それは感情と感覚に真摯に向き合い、実際にそこに行ったり体験してみないとわからないのかも知れない。
あれだ。なんか同窓会とか誘われたらすげー億劫がるんですけど、行ってみたら案外たのしいみたいな。全然ちがうか。
余談ですが、この日は本編終了後に、演出の松井周さんと原作者で御年88才の大海赫さんの対談がありました。大海赫さんがめちゃめちゃひょうきんなおじいちゃんでびっくりした。末永くお元気で。
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