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本当にあった怖い話:海外でシャワールームに閉じ込められる

エストニア滞在三日目にあったことです。

この日から私は格安のホステルで生活することになっていました。部屋は二人部屋で、バスとトイレが四人(二部屋分)で共有。キッチンが八人(四部屋分)で共有という住まいになります。

約二週間ここに滞在しましたが、最初の一週間はルームメイトがおらず一人で部屋を使いました。当時、私の部屋には誰もいなくて、隣の部屋に二人の人がいそうだという状態でした。

こちらの投稿にその日の様子が書かれていますが、私はウキウキな気分でタリン旧市街の観光を楽しみ、ホステルでの食生活にも希望を持ってとても楽しく滞在をスタートさせていました。


事の発端

先ほども書いた通り、シャワールームとトイレは共有で、私の部屋とその隣の部屋の住人で一緒に使うことになっています。

私はトイレにも行き、食事をしましたが、まだ誰にも会うことはありませんでした。しかし、ドアを開ける音がしていたので、隣の部屋に人がいることは分かっていました。

初日からシャワーのタイミングなどで揉めると後を引きそうだと思ったので、私は八時くらいにシャワーを浴び、寝る準備を始めようと思いました。

シャンプーとコンディショナーや替えの下着を持ってシャワールームに入ります。見ず知らずの人と生活するので、扉は閉じ、鍵もしっかりかけます。

しっかりと閉めたドア(外側から見た画像)

さぁシャワーを浴びようと思ったのですが、タオルがないことに気が付きます。服も脱いでいませんでしたし、部屋はすぐ目の前なので、タオルを取りに行こうと鍵を開けようとします。

「ポロッ」

その時、ゴム製だった鍵のツマミが取れました。
自然と「えっ」と声が出ます。

冷静にツマミを付け直すと、元の位置にハマりはするものの、ひねるとまた取れてしまいます。次に鍵の断面を見ます。場合によってはマイナスやプラスの溝がついていて、爪やシャワールームにある道具で開けられるかもしれません。

しかし、そういう形ではなく、すごい小さい六角レンチでもないと開けられなさそうでした。海外の鍵事情を知っているわけではありませんが、建物は古かったので、おそらく昔の型なのではないかという気がします。

指でギリギリつまむことができるので、1センチくらい飛び出している部分を捻りますが、途中までしか鍵を回すことができません。


助けを呼んでみる

それから10分はねばったと思いますが、鍵が開く気配はありません。
シャワールームを探りましたが、使えそうなものはなく、私が持ち込んだものの中に役に立つものもなさそうでした。

一旦シャワールームの床に座り、自分にできることが他にないか考えます。
私が一番だったのか床は濡れていませんでしたし、私自身もシャワーを浴びる前だったので、万全の状態です。

静かに方策を練っていると、話し声が聞こえてきました。
話の内容は分からないのですが、男の人の声です。英語で誰かと話しをしているようです。

ちょっと気後れしましたが、私は助けを呼ぶことにしました。
以下、実際は英語ですが、大体の意味の日本語でお送りします。

「助けてー、鍵が壊れたよー。出られなくなったんだー」

隣の部屋の住人だと思ったので、そんなに大きい声では言いませんでした。
そんなに切羽詰まった声でもありません。

すぐそばに人がいるんだからいずれ気づくだろうと思い、普通の声で言い続けました。相変わらずどこかから男の人の声は聞こえますが、その調子が変わることはありません。

それからさらに10分ぐらい言っては休み、言っては休みを続けましたが、一向に助けは来ません。暇なので鍵を弄り続けていますが、回る気配もありません。

もう一度冷静になろうとシャワールームを見回します。
入った時はなんとも思いませんでしたが、改めて見るとちょっとホラー感があるように思えてきました。


いつまでここにいるのだろうか

いずれは誰かが気づくだろうと思っているので、追い込まれているわけではないのですが、なんだか疲れてきました。

海外で泊まったホステルの一日目にいきなりこの仕打ちだと考えるとなんだか笑えてきます。そして、ついには閉じ込められ続けている状況に嫌気がさすようになってきましたので、恥を捨てて大声を出すことにしました。

「助けてください! 鍵が壊れてここから出られなくなったんだ!」

大きく通りの良い声を意識して、何度も言います。
やけくそな感じも入れて、緊急度を演出することも忘れません。

これで気がつかなければ、最終的には悲鳴のように叫ぶしかないかなぁと思っていると隣の部屋のドアが閉じる音がしました。

「やぁ! もしかしてシャワールームから出られなくなった?」
「そうなんだ! 鍵が壊れちゃって動かないんだよね」
「あぁ、僕がさっきシャワーを浴びた時もなかなか開かなかったんだ。なんとか出られたんだけどね」

え、そんなことあったの?と問いたいところでしたが、まずはここから脱出することが先決です。

「外側からなんとか鍵を開けることはできない?」
「ちょっとやってみるね。もしかしたら良い道具があるかもしれないし、部屋を探してくるよ」

彼はそう言って離れましたが、すぐに戻ってきます。
そして外の方でガチャガチャと音がし始めたので、何かをしてくれているようです。

「僕はベンって言うんだ。アメリカ出身なんだけど、君はどこ出身なの?」
「僕は日本の東京出身だよ。シンイチって言うんだ」
「おー、東京出身なんだ。僕はまだ行ったことがないんだ。突然君の声が聞こえてきたからびっくりしたよ」
「ごめんね。何かしている最中だった?」
「今日アメリカから飛行機で来たから疲れて寝てたんだ」
「うわー、本当にごめんね。でも気づいてくれてよかったよ」

ベンは十時間以上のフライトがあって、疲れていたみたいです。エストニアとアメリカでは結構時差もあるので、辛かったはずです。そんな中、起きてきて対処してくれて本当に嬉しかったです。


もう一人の協力者

それからしばらくベンと話しながら鍵を開けようと奮闘しましたが、どうにも無理なようでした。ちなみにベンは25歳で、普段はIT関係の仕事をしているそうです。

「ちょっと無理みたいだから隣の建物にあるチェックインカウンターに行って、助けを呼んでくるね。僕の部屋のルームメイトに事情を話すから、何か困ったことがあったら彼に言って」

そう言い残して、ベンは離れて行きました。

少しすると、今度は若い感じの男の声が聞こえてきます。

「やぁ! 僕はルイスって言うんだけど、出られなくなったって聞いたよ。大丈夫?」
「うん。ベンが助けを呼んでくれるって言っていたし、大丈夫だよ。いまの僕にできることは待つことだけなはずだから⋯⋯」
「そうだね。ベンが人を呼んでくるまで僕が話し相手になるからリラックしてよ」

ベンに引き続き、ルイスもとても良い人でした。彼はオランダ出身の17歳で、夏休みを利用してエストニアの大学を見にきたそうです。めっちゃ若い。

「シンイチは何でエストニアに来たの?」
「十年以上前に旅行しにきたことがあって、素敵だったからまた来たいと思ったんだ」
「十年以上前!? それはすごい前だね。僕が子供の時だ」

僕が以前エストニアに来た時でさえ、今のルイスよりも年上だったので、こっちはこっちでびっくりです。


それから結構長くルイスと話していたと思うのですが、なかなか助けはやってきません。話の内容もだんだんなくなってきます。

「ベンはなかなか帰ってこないね。人がいなかったのかな?」
「どうなんだろうね。でもどんなに時間がかかっても僕はシンイチのそばにいるから大丈夫だよ!」

ルイスがめっちゃ良いやつで、泣きそうになります。

「このホステルの宿泊一日目にシャワールームに閉じ込められたけど、良いスタートになったと思うことにするよ。ベンとルイスがいてくれてよかった!」
「うん。前向きで良い考えだね!」

「僕に付き合って結構時間経っちゃっているけれど、ルイスは今日予定あったんじゃないの? ここにいて大丈夫?」
「サッカーの試合を観戦しようと思っていたんだよね。もう少しで始まるんだけど、でも大丈夫だよ。シャワールームに閉じ込められている人を置いたままだったら試合を心から楽しめないし」
「そっか。ありがとうね」
「いいんだよ」

ルイスの気遣いに感謝しながら話をしていると、ドアが開く音がしました。

「ホステルの人に話してきたよ! もうすぐ助けが来るから!」

ベンが帰ってきました。

見飽きた景色


脱出と不可解

「ルイス、あとは僕が見ているから君はサッカーの試合を見に行って良いよ」
「ルイス、本当にありがとう! そばにいてくれて心強かったよ!」

ベンが帰ってきてくれたので、ルイスは予定通りサッカーの試合を観戦しに行きました。スポーツバーで友達と待ち合わせをしているみたいで、ギリギリ時間に間に合いそうだと言っていました。

それからまたベンと話をしていると、ドアが開く音がしました。
ホステルの管理の人が来てくれたみたいです。

声だけ聞くと結構お年を召した女性のようで、こういう事態に詳しいとは思えなかったのですが、「海外だし、日本の感覚と違うのかもなぁ」と考えていました。

ですが、次の言葉を聞いて、やっぱり心配になってきました。

「ねぇ、出られなくなったって本当? 外から鍵を開ける道具があるはずなんだけど、どこにあるのか私は知らないのよね」
「えっ」

助けに来たんじゃないのかーいと思いましたが、いま頼れるのはこの方だけなので、冷静に話をします。

「鍵が壊れたって聞いたけれど、どういうことなの?」
「ゴム製のツマミが取れてしまったんです。ハマりはするんですけど、回すと途中で取れてしまって⋯⋯」
「そうなのね。一度そのツマミを付けて、鍵をゆっくり回してみて」
「分かりました」

彼女に言われた通りにゆっくり鍵を回しますが、やはり取れてしまいます。

「うまく行きません。取れてしまいます」
「うーん。ゆっくり回せばうまく行くんだけどねぇ⋯⋯」

そんな感じのことを彼女はずっと言っていました。直感的にはそういう問題じゃない気がしているのですが、とりあえず従います。ドア越しだったのもあり、英語を聞き間違えているんじゃないかと思いましたが、多分合っているはずです。

「外からもうまく回すことができないんだけど、鍵の軸を掴むことはできるから、内と外で同時に回してみましょうか。ゆっくりを意識してね」
「分かりました」
「行くわよー。3, 2, 1…..」

カチャリ

「ま、回った! ドアを開けます!」

喜びを胸に勢いのままにドアを開けるとそこには二人の人がいました。
一人は六十代くらいの金髪の女性で、もう一人は小柄で髪はかなり縮れています。

「出れた! やっと出れたよ!」

私がそう言うと、男性(ベン)が近づいて抱きしめてくれます。

「おめでとう! そして初めまして! 僕がベンだよ」
「ありがとう! 君がベンだったんだね。やっと会うことができて嬉しいよ、あんなに話をしたのにね!」

助けに来てくれたホステスの方にもお礼を言います。

「本当に感謝しています。あなたが来てくれたおかげで出ることができました。ありがとうございます」
「いいのよ。でもやっぱりゆっくり回すのが大事だったわね」

女性は笑いながらそう言います。そして、ドアが開いた状態で、内側から鍵をゆっくりまわします。出っ張りが出たり引っ込んだりするのをみて、嬉しそうにしています。

「うんうん。やっぱり鍵は動くわね。ゆっくり回すことに気をつけて鍵を使うのよ。それじゃあ、良い夜をね」

そう言って、出ていってしまいました。

残された私とベンは顔を見合わせて言います。

「ねぇ、ベン。彼女は"ゆっくり回せ"って言っただけで、"直す"とは言ってなかったよね? 僕が理解できなかっただけ?」
「いや、僕にもそう聞こえたよ。こんなことがあったのに直さないのかな?」
「多分ね」
「⋯⋯」

微妙な空気になりましたが、改めてベンにもお礼を言います。

「ベン、寝ていた時だったのに助けてくれて本当にありがとう。協力に感謝しているよ」
「大丈夫だよ! だって閉じ込められていたのは僕だったのかもしれないし、せっかくここで会ったんだからね。無事に出られてよかったよ」
「ありがとう。それと、今はいないけれどルイスにも後でお礼を言いたいな。彼の声は知っているけれど、顔は知らないから後で紹介して欲しい」
「分かった。会う機会はこれからあると思うからちゃんと紹介するよ」

ベンは本当に良いやつで、閉じこもっている間にも励ましてくれたし、それ以降も本当に感じが良かったです。

「それじゃあ、お互い疲れたと思うし、部屋に戻るね」

ベンがそう言うので、僕も自分の部屋に戻ることにします。
ですが、最後にどうしても言いたいことがあってので、口を開きます。

「このホステルにいる間はシャワールームの鍵を絶対に閉めないから!」
「僕もだよ!」

ベンが光の速さで返してくれました。


その後⋯⋯

部屋に帰って時計を見ると、シャワーに入ろうとした時間から一時間半経っていることが分かりました。

随分長いこと閉じこもっていた気がしていたのですが、そこまで時間が経っていると分かると疲れが出てきます。

私は改めてタオルを取り、シャワーを浴びることにします。
さっきは「絶対に鍵を閉めるぞ」という気持ちでしたが、いまは鍵なんて閉めるつもりはありません。何だったらドアが開いて見られたって気にしません。

レアな体験をしたことで、ベンやルイスのことを信じられるようになったこともあります。彼らはとても親切だったし、もう友達のように思っています。

シャワールームに閉じ込められてしまったことに比べたら、シャワー中に間違って入ってこられるのなんて些細なことだとも思います。一時間前とは考え方が大きく変わってしまいました。


二日後、ベンと顔を合わせたときにルイスを紹介してもらいました。
彼もかなり良い人で、顔は結構かっこよかったです。街で女の子を連れて二人で歩いているのを何度か見ましたが、毎回違う女の子でした。

宿泊しているホステルは格安なので、掃除も週に一回しか入らないのですが、どうやらたまにベンがシャワールームの掃除をしてくれているようでした。私はトイレの掃除をしていたので、そのお返しをしてくれたのかもしれませんが、ベンはずっと気を遣ってくれてとてもよかったです。

このまま鍵は修理されないと思っていたのですが、数日後に人が来て鍵を直してくれました。ですが、何となくこのホステルのロックシステムを信用できない気がして、私はずっと鍵を閉めなかったです。そして、ベンとルイスも滞在中シャワールームの鍵を閉めることはありませんでした。


まとめ

そんな訳で、エストニア滞在中に格安ホテルの宿泊一日目に起きたトラブルについて書きました。シャワールームの鍵が壊れて中に閉じ込められてしまった訳ですが、このことがあったおかげで友人ができ、その後の生活に安心感が生まれたと思っています。

普段日本で住んでいるとあまり人情を感じることはないのですが、海外旅行をすることで他者への信頼や親切心、助け合いの大切さを痛感しました。

海外旅行をするとなると、どうしても警戒心は必要ですし、安易に気を許すのが良くない場合は多いと思います。ですが、ちゃんと助けを求めると、助けてくれる人は意外と多いみたいです。

この問題が起きる前の日、私はコインランドリーで人と人との助け合いについて学びましたが、この騒動のおかげで改めて強い実感を持つことができました。外国にも親切な人は多いですし、もしかしたらタリンには、東京よりも温かい人が多いかもしれないとすら感じました。

一方で、旅にトラブルは付き物です。今回の事件は正直避けようがなかった種類のものだと思いますが、多くの場合は注意することでトラブルの重さを軽減することが可能だと思っています。特に出来るだけ連絡手段を確保するためにスマホを出来るだけ携帯するようにしたり、ホテルの鍵を肌身離さず持つことはかなり重要ですね。

今回はたまたま近くに部屋がいた訳ですが、一人部屋で鍵をかけた結果出られなくなる場合もあったと思うので、私は幸運でした。

皆さまも出先でのトラブルにはお気をつけください。

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