腹蔵なく申せ
西田敏行さんの突然の訃報に、僕は強い衝撃を受けました。
西田さんの出演したドラマや映画や数多くありますが、僕にとっては、NHKの大河ドラマ「八代将軍吉宗」で西田敏行さんが演じた吉宗が、一番心に残っています。
この作品においては、いくつかの忘れられないシーンがありますが、中でも僕にとって特に強烈だったのが「腹蔵なく申せ」というセリフです。
この一言には、吉宗がいかに真剣に改革を推し進め、周囲に対して率直さと誠実さを求める姿勢が凝縮されていました。西田さんの演技により、この言葉が持つ重みと迫力が一層際立っていたのです。
「腹蔵なく申せ」というセリフは、将軍としての絶対的な権威を持ちながらも、吉宗が自らを高みに置かず、家臣たちの本音や真実を求めていることを表していたと思います。
西田さんの声のトーン、鋭い眼差し、そしてその場に漂う緊張感が、このセリフと一体になり、表面的な言葉だけでなく、その裏にある吉宗の人柄、治世に心を砕き、家臣たちと真剣に向き合おうとする姿勢が見事に表現されており、このセリフを通じて、吉宗が単なる権力者ではなく、真摯に改革に取り組むリーダーであることが伝わってきました。
西田さんの演技力によって、この言葉の持つ力は、今に至るまで、僕の心に強烈な印象を残しています。
また、吉宗が息子・家重に対して抱く親としての複雑な思いについても、西田さんの演技力なればこそ、視聴者の胸に響くものがあったと思います。
家重は、跡継ぎとしての期待を一身に背負っていたものの、幼い頃から話し方に問題があり、能力的にも不安視されることが多い存在でした。そんな家重に対する吉宗の葛藤と愛情を、西田敏行さんは見事に演じていました。
家重が期待に応えられないと感じるたびに、吉宗はその心の中で葛藤し、厳しい顔を見せながらも心の中では彼の成長を祈り続けていました。
家重が論語か何かを明瞭に読み上げることに涙を流して喜び、それが夢であったことの落胆のシーンがありましたが、親としての複雑な感情を、西田敏行さんは静かで重みのある演技で見事に描き出していました。
この大河ドラマが放映されたのは1995年であり、1995年という、阪神大震災や地下鉄サリン事件といった、大きな災害や未曽有の事件に人々が驚愕し、日本経済も下り坂に入りつつあり、社会全体に暗雲が垂れ込めつつある中、僕自身にとっても人生の転機であったからこそ、30年を経ても、そうした時代背景とともに、僕の心に鮮明に残っています。
作品の中の西田さんの吉宗役を脳裏に描きつつ、その冥福を念じたいと思います。