悪果を受ければ善を為す
昨日の夜は精神的コンディションが低下していたこともあり、朝になってみると反省させられる言動が多かったように思います。
もちろん、自分の振る舞いとして、人に厳しく当たらないとか、思い付きによる無用な負荷はかけないといった、なるべく自己完結で課題解決をするという、基本的なスタンスがあり、それは「仕事」をするうえでも矜持として持ち続けているわけですが、朝型人間の僕にとっては、早朝から走り続けてきたことによる疲労の蓄積は、夕方以降に顕著になるわけで、心の内面で動き続ける他責モードを放置したために、どうしてもそうした思いが漏出し、言動に出てしまった感じです。
昨日が自分にとって酷い一日であったとするならば、それは僕自身の過去の負の貯金を引き出す悪い縁が多かったということであり、その結果を他責にしている限りは、自身の内面で引き起こされる負のエネルギーの湧出は止まらないですし、表に漏出させてしまえば、それは自他にとっての毒となり、未来に更なる負の貯金を積み立てていることになります。
自身が心と言動で為す善悪が、結果としての善悪となって出てくるときは、勉強をやったから試験に受かったというような、わかりやすさはほどんなく、タイムラグも不定であることから、自分の都合にあわせてそうした因果を歪める気持ちが起こりがちです。
他者との複雑な関わりの中で日々の仕事を進めている以上、今後起こり得る事態をすべて予見して、前倒しで解決し、余裕を持って事に当たるようなことは難しく、むしろ不規則かつ緊急な案件への変則的な対応を日々求められ、それが自分の認知能力の大半を奪うことになる、これが現実であるように思います。
なればこそ、厳粛な因果律を常に脳内で回しておき、悪い結果を受ければ、過去の行為を反省し、せめて未来に良い種をまく、悪を転じて将来の善となす行動を徹底することで、自分の未来をより良いものにしていきたいと思います。
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