ツバメ
「ツバメひろったんやけど見る?」
少年はそう言うと、家の中に飛んで入り、一羽のツバメを連れてきた。
「こいつ、巣ごと地面に落ちとったんや。」
「もう一羽いたけど、猫にやられた。こいつは助けなって思って。」
少年とは仕事で知り合った、あるお客さんの息子だった。お宅を何度か訪問するうちに、いつしか彼とはいろんな話をするようになった。学校の話。バスケの話。将棋の話、、、。
少年はいつも、いろんなことを教えてくれた。
その日は少年の友人がたまたま遊びに来ていた。2人で代わる代わるツバメを手の平にのせては、地面にそっと置き、
「とべーーーー」
「とべーーーー」
と何度も一緒になって叫んでいた。
その声に応えるように、ツバメは必死で羽根を広げる。でも飛べない。
「なんやー。こいつ全然あかんやん。」
そう言って、また手に取り、
「わかった。バスケットボールの上に乗せて転がしたら飛ぶんちゃう?」
「おまえ何言うとん。そんなん無理に決まっとうやん。」
「やってみな、わからんやん。」
バスケットボール?そんなので飛ぶわけない、と思いながらも、真剣な2人を前にして、口をはさむのはためらわれた。
倉庫からバスケットボールを出してきて、その上にツバメを乗せて、ゆっくりと転がす。ちゃんとツバメが下に落ちないように手をそえて。
もちろん飛べるはずなどなかった。
「うーん。あかんかー。」
その後、2人は木の枝にのせてみたり。ちょっと遠くに置いてみたり、いろんなことを試していた。
「飛んでいったら、さびしい?」
と少年に聞くと、
「さびしいけど、、、。でも飛んでいってほしい。」
と言った。
そうこうしているうちに、どこからか、ツバメが一羽また一羽とやってきて、僕たちの頭上を旋回しはじめた。
敵だと思われると良くないと思って、僕たちはその場から少し離れて観察することにした。
がんばって飛ぼうとするそのツバメの、すぐそばを低空飛行しながら、ぐるぐると、旋回する。
あれよあれよという内に、七、八羽くらいのツバメが集まってきた。
「おーーー」
「なになになに?」
少年たちも興奮していた。
僕も一緒になって興奮していた。
飛べないツバメに、こうやって飛ぶんだよ、と教えてでもあげていたのだろうか。不思議な光景だった。
そのツバメは、何度も何度も羽根を広げてみせた。バタバタとして、他のツバメみたいに自分も飛ぼうとした。
見かねたツバメが、一羽、また一羽と、地面に、降りてきて、飛べないツバメのそばにまでやってきた。何か話しかけているかのようさえ見えた。
その光景を3人で眺めていた。
初夏の強い日差しと、カエルの鳴き声。
飛べないツバメ。
心の中はすっかり少年のそれだった。
長く忘れていた、みずみずしいものがこみ上げてくるのを感じた。
結局、その日は飛べなかった。
「また明日やってみる。」
そう言って、少年たちはツバメをまた家の中に連れて帰った。
数日後、訪問したとき、
「あいつ飛んでいったよ。」
と少年から聞いた。
少年の関心は、もう別の何かに移っていた。
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