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ガイドブックには書いていなかった

旅先での楽しい思い出のほとんどは、ガイドブックには書いていないことだった。
それに気付いてからは、旅行に行くときは下調べを一切しなくなった。その方がずっと楽しいことに気付いたからだ。

岡山の牛窓にふらっと日帰りで出かけた時も、下調べは何もしなかった。

ゴールデンウィークだったので、観光客がたくさんいたから、人を避けるように草っぱらや、誰もいない神社や、路地裏をぶらぶらした。

神社の長い階段を下りてきたところで、あるおばあさんから、急に声をかけられた。

「空みてごらん。きれいじゃろ?あんなの初めて見たよ。」

見上げるとそこには、彩雲が広がっていた。

「うわぁ、きれいですねー。」

と言うと、おばあさんは言った、

「あんた神社行っとったじゃろ。ほやから神様がご利益くださったんじゃろ。」


空に彩雲

彩雲は幸運の印らしい。
おばあさんは、道行く近所の知り合いに声をかけていた。
「空みてごらん。きれいよ。」
そう言われて、空を見上げる町の人たち。

ぶらぶらと海辺を散歩していると、対岸に島があるのに気付いた。なんだろうあの島?
近いしすぐ行けるかも、とググってみたらなんと牛窓から船が出ている。前島というらしい。
これはラッキー、とすぐ船着き場にとんでいって、立派なフェリーにとびのった。これだから、無計画の旅は楽しい。


船の上にて


島はそれほど大きくはなかったけど、歩いて回るには大きかった。とりあえずぶらぶら散歩した。自転車は借りなかった。歩きたかったから。

海岸線を歩いていると、ひとり海を眺めているおばあさんがいた。目があったので、会釈をすると、ふいに立話がはじまった。チャーミングなおばあさんだった。

「孫がもうすぐ帰ってくるのが楽しみなの。」

「海はつながってるでしょう?ここから息子にエールを送っているの。」

島のおばあさん


海岸線に沿って咲いている花を、きれいだなぁと思ってみていた。この島でよく見る花でこれは何の花だろうと思ってググっていると、近くにいたおじさんから声をかけられた。
「あぁ、それ島大根の花だよ。」

「へぇー。こんな花が咲くんですね。きれいですねー。」

「あんたコーヒーの花見たことあるか?ちょうど今咲いてるから見るか?」

コーヒーの花?
コーヒーの花ってたしか滅多に見れないと言うし、そもそも日本の本州で、コーヒーが育つの?と驚きだったのだが、どうやらおじさん、コーヒーを栽培しているらしい。

「コーヒーをこの島の産業にしようと思ってね。難しいけど、挑戦する価値あると思ってやってるんですよ。」

コーヒーの実

おじさんはハウスに案内してくれた。そこにはたくさんのコーヒーの苗があった。おじさんからコーヒーへの熱い想いをたくさん聞いた。もう挑戦して何年かになるそう。まだ失敗の連続だと言っていた。

新しく何かを始めると、たいてい失敗の連続なのは、とてもよくわかる。思えば自分もまた、失敗の連続だったから。

何も力にはなれないけど、心から応援しています、と伝えた。
いつか前島コーヒーという名前を、どこかで聞く日を楽しみにしています、そしたら爆買いします、と

船着き場への帰り道に、別の場所でまたあの海を眺めていたおばあさんに会った。おばあさんは畑の草むしりをしていた。

「さようなら。」
と言うと、
「また来なさいね。」
とおばあさんは言った。

その言葉がしばらく胸に残った。

船着き場にはこの島のガイドマップが置いてあった。そのマップを見ながら、歩いたルート確認した。印象に残った出来事は、もちろんそのガイドブックには書いてなかった。


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