甲子園
清水屋商店BOOKS vol.14 (変体本1)
今回は「変態本」という新しい視点で本を紹介します。
変態と書くとどこか卑猥なイメージもしますが、ここでは辞書に忠実な意味合いとして使っています。
ちなみに辞書にはいろいろな意味があるようですが、
・普通の状態と違うこと。異常な、または病的な状態。
といった解釈があります。
普通じゃないとか、異常な、病的なというと悪い印象もありますが、ときに褒め言葉としても使われもします。ここではそのポジティブな意味を込めて名付けています。愛情の裏返しと受けてもらえるとうれしいです。
以前から「変体本」を手にしてきた僕にとっては、こうやって誰かにその存在を紹介することにぎこちなさを感じつつ、思い切ってカミングアウトするくらいの思いで紹介していこうと思っています。僕自身、なにをもって「変体本」とするのかをわかっていませんが、こうやって取り上げていく先に何か見えるのではないかと淡い期待を持ちながらやっていこうと思っています。ですので、なぜこれが?とか、このどの部分が?といったツッコミはご容赦ください。あくまで主観ですので、あしからず。
さて、今日から夏の甲子園が始まりました。
昨年は史上3回目の中止だったため、2年ぶりの開催。103回ということは1世紀以上続く伝統の大会であり、夏の風物詩でもある高校野球の甲子園。
故郷の代表や、いま住んでいる地域の代表の応援、注目選手の活躍を追いかけるという王道の楽しみ方から、敗者の涙、記録の更新に感動する楽しみ方もあります。無観客方式らしいので、試合の流れを左右する大声援も見られませんが、すでにオリンピックで免疫ができましたので、問題なく試合を楽しめそうです。
関西に住んでいた時に、何度も高校野球を見に行きました。グランドで行われる真剣勝負とそれを上から眺める牧歌的なのんびりした雰囲気がとても好きでした。まあ、そんな雰囲気は大会序盤の注目されていないゲームに限られましたが、超満員のゲームとは違った魅力だと思います。
今回は無観客だし外出の自制が求められる状況なので、
例年以上にテレビで高校野球を見てしまいそうですが、クールな楽しみ方をしたいと思っています。
甲子園の醍醐味のひとつは、校旗の掲揚と校歌の演奏があります。
この歴史はかなり古く、1929年(昭和4)の春の選抜大会から始まりました。きっかけは、前年にあったアムステルダムオリンピック。女子800mで銀メダルをとった人見絹枝選手の発案だったそうです。ちなみに人見絹枝さんは日本の女性アスリート初のメダリストとして知られています。1999年以降2回の表と裏で演奏されようにもなりましたので、いまは49曲すべて聴けます。
もうひとつ個人的に楽しみにしていることとして、各チームのユニフォーム。これに関しては地方大会から地味に見て楽しんだりしています。昨年に気づいたことですが、多くの選手の足元が白スパイクになっていること。高校野球は教育の一環らしいので、規定が厳しく服装についても校則並みの厳格さがあり、スパイクは一人残らず黒でなければならなかったのに、この真逆の現象。青少年の静かな反抗と思いきやルール改定で黒と白のどちらでもよくなったそうです。どちらの色にするかは選手の判断となっていますが、それも今年まで。来年以降は学校ごとにどちらかに統一する方向で検討されているそうです。意味は分かりませんが、たぶん服装の乱れは心の乱れなのでしょうね。ただ、白が認められるようになった背景は熱中症対策があったそう。黒色は熱を吸収する性質があるから熱を反射しやすい白色が認められたとのことです。
理論的なのか精神的なのかよくわからないルールですが、見栄えの視点はなさそうです。普段の服装で、黒と白って主張の強い色に思うのですが、ユニフォームに合わせるのがこのどちらかしかないという選択はつらい。僕が高校球児だったら、悶絶しているかもしれません。
ただこれによって楽しみがひとつ増えました。白スパイクの選手は見栄えよりもコンディションを優先するタイプ、黒スパイクの選手はコンサバティブでちょっと見栄えを気にするタイプと見立ててみると、それぞれの個性が垣間見ることが楽しめます。
ここに2冊の本があります。
1つは校歌の秘密に迫ったもの。もう1つは代表的なチームのユニフォームを分類し紹介したもの。どちらも話題にならないものに注目した稀有な本。こういうものって、いつの時代でも誰かが出版するんですね。
野球といえば、勝敗の結果だし、試合内容だし、活躍した選手に衆目が集まる。そしてそれが語り継がれていく。名勝負、運命の一球、そういったドラマがあるから面白いし、それが野球を楽しむ本筋でしょう。
でもこの2冊の著者たちはわき道に逸れ、校歌とユニフォームの世界にたどり着いた。そして、その豊かな情報量や文章から校歌とユニフォームへの偏愛ぶりが見て取れます。
ちなみにこういった類の本には共通項があるように思います。それは誰もが知っているけど知らないコトやモノにフォーカスしていること。
今回で言えば、だれもがユニフォームを目にしたことがあるし、校歌だって聞いたことも歌ったこともある。でもそれは景色みたいなもので、それ以上でもそれ以下でもない存在。
世の中にはこういった存在が無数にあって、そういうものには思考停止になっていることが多いです。たとえば、常葉菊川のユニフォームを見てニューヨークヤンキースと似ているなとか、健大高崎の校歌を聞いて英語の歌詞がある!って驚いてもそこで終わってしまう。でもごくごく一部の人は、そこから「なんで?」とか「ほかのものは?」といくつもクエスチョンが生まれ、その謎を解いていく。
そういう人たちをマニアと呼ぶわけですが、そこから本まで出版してしまう人が出てくるわけです。趣味も極めるとこの領域に行くわけですが、そういったことは極めて異例だと思います。ことその分野の一冊目を出せる人は変体中の変体と言っても過言ではないでしょう。
『校歌の大甲子園史』
著者:渡辺 敏樹
出版社:地球丸 (2015/7/30)
価格:税込1,650円
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僕が知る限り、甲子園と校歌を結び付けた本はこの本と1977年に出版された『甲子園の校歌とその周辺』しかないのではないでしょうか。しかも45年前のものは販売用ではなさそうです。目次を見れば、232校の歌詞の掲載と数十曲の校歌への思いが綴られた構成で記録を目的としたように思われます。そういった状況を踏まえると、この本はパイオニアと言える存在です。
出版社は地球丸。2019年に破産し、今年の6月に完全に消滅してしまいました。雑誌『天然生活』が扶桑社に引き継がれて継続しています。山と渓谷社から派生しただけあって、釣り関連の書籍や雑誌に定評がありました。近年はいろいろなジャンルの本を出していて、培われたマニアックな視点がおもしろい出版社でした。この本もその一連の流れで生まれたものと思われます。余談ですが、この本を出版社フェアの会場で地球丸のブースで買ったのですが、この本を手に取った時の担当者の笑顔が忘れられません。よっぽど見向きもされなかった本なんだと妙に実感しました。
そんな不遇な本ですが、内容は充実しています。80校の校歌が取り上げられて、そのうち50校については校歌のエピソードや記憶に残る試合が書かれています。高校野球というと、地域バランスに配慮をしないとあらぬところから苦情が来そうですが、これは「超名門校」「常連強豪校」「伝統校」「話題校」「名曲校」に上手く章分けされています。
個人的には作詞者と作曲者がしっかりと記載されているところが気に入っています。法然上人から小田和正までいろんな意味で幅広い人が作詞や作曲をしていることに驚きます。
春の選抜主催の毎日新聞と夏の選手権主催の朝日新聞で校歌の扱いが違うというのもあるようで、ライバル意識を感じます。
試合後の校歌の演奏は録音データを流すわけですが、そこにもいろいろなドラマがあったようです。たとえばまったく違う学校のものが流れたり、演奏スピードが速すぎたり遅すぎたり、など数々のエピソードがあります。
本というフォーマットの限界ですが、残念なのは歌詞はわかれども曲がわからないことです。こればかりはどうにもならないことですが、音楽関連の本の致命的な欠陥ではあります。とはいえ、いまはWEB上でいくらでも音源が出てくるので、ひと手間かければモヤモヤはなくせます。
ちなみに今年の大分代表・明豊高校の校歌は南こうせつ夫妻が手掛けたものだそうです。
『高校野球ユニフォームセレクション (洋泉社MOOK)』
著者:手束仁
出版社:洋泉社 (2014/2/26)
価格:税込1,650円
高校野球ユニフォームセレクション (洋泉社MOOK) | 手束仁 | Amazon
奇しくも洋泉社も昨年宝島社に吸収合併され消滅してしまいました。雑誌『映画秘宝』が引き継がれて宝島社から刊行されています。
この2つの件だけを見ると、小さな出版社が専門外のジャンルでニッチな本を出し始めると潰れてしまうのではないかと心配になってしまいます。あくまで偶然の一致だと思いますが。。。
さて、僕がこの本を買う前に1冊の本に出会っています。
それは『日本プロ野球ユニフォーム大図鑑 全3巻(ベースボールマガジン社)』。
2013年に3冊まとめて出版されていますが、たしかジュンク堂でこれを発見して、嬉々として3冊買って帰ったことを覚えています。なぜうれしかったかと言えば、それまでユニフォームについては、雑誌の特集で特定の時代やチームが紹介されたり、球団の記念本として出ていたりしていたのですが、体系的に1つに纏められたのはこれが初めてだったからです。たまに出くわすそういった特集や本は立ち読みすれども、細切れの情報では視点も違えば、編集方法も違うので買わずにいたのです。
それが夢のような決定版が出たのですから、買わずにはいられなかったというわけです。
当然、重版されることもなく、いまは定価の数倍の値がついて、簡単には手が出せない代物になっています。あのときレジで若い店員さんに変な目で見られながらも、帰り道は紙袋の持ち手が指に食い込む痛みに耐ながらも、買っておいてよかった。あの時の自分をほめてあげたい。
その1年後に、この本が出版されるわけです。
高校球児ではないですが、一度キッカケをつかむと流れってあるもので、これもまた偶然本屋で見かけました。当然、一年前の経験があるわけですし、今回はたったの1冊。すぐにレジに行ったのは言うまでもありません。
そもそも日本における野球のルーツは学生スポーツです。だからユニフォームの歴史もここから始まるわけで、ユニフォームを知りたいのならここを外すわけにはいきません。
こちらも充実な内容で、オールカラーというのがうれしいです。
特徴的なユニフォームを独自の分類でしょうかいしているのですが、おもしろいのは「大学モデル型」というもの。早稲田、慶応、明治、日大、東海大の系統に分かれるそうです。日大と東海大については系列校が多いので一つの系統として成立している要素が大きいようですが、早稲田、慶応、明治については全国津々浦々に普及していったようです。
たとえば、早稲田型は松山商・岩国・秋田商。慶応型は横浜・仙台育英・秋田。明治型は愛工大名電・静岡・水戸商。といった具合です。ほかにも「アルファベット型」「漢字表記型」「ワンポイント型」「ロゴ2段型」に大分類されています。この分類を見て、それぞれに思い当たる高校が浮かんだ人はすでにかなりの通かもしれません。
この本の憎いところは、トップウエアと帽子のイラストだけではなく、ストッキングも描いていること。プロ野球とは違い、ストッキングを見せなければいけないルールの高校野球においては、ストッキングも大きなトレードマークです。
高校野球のユニフォームは試合中にテレビ中継で見れるくらいだし、
細かなデザインのところはわからないことが多いのですが、こういった資料的な本があると観戦の楽しみが増えます。
さて2013年2014年と立て続けにユニフォーム本が出版されましたが、その後は大きな動きはありませんでした。しかし、2020年に『日本代表ユニフォーム図録』(ベースボール・マガジン社)と『野球帽大図鑑』(朝日新聞出版)が立て続けに出版されました。どういう経緯があるのかわかりませんが、10年近い沈黙を破って、野球帽にまで広がったことはうれしい限りです。この勢いで大学野球のユニフォーム図鑑が出版されるといいのですが、それはこれからの楽しみにしたいと思います。
おわり
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